第16話 この金髪ギャル、銃刀法違反だってよ
「ちょっ……待て、この野郎!」
一年に一回あるかないか程の声の張りを見せて必死に叫ぶが、そもそも俺が呼び止めるまでもなかった。
我らの頼れるアネゴが、マサルの逃走を許すはずがない。
ルイさんは無様に逃げていくマサルを余裕の表情で眺めながら、袖からサッと4本のメスを取り出した。
"マジシャンかよ!"とか、"オペ始める気かよ!"などという、野暮なツッコミをするつもりはない。
銃刀法違反だろうがなんだろうが、今だけは全面的に応援しますぜ。アネゴ、思う存分やっちまってくだせえ。
「プギッヒィ!」
早技だった。ルイさんの手から瞬時に放たれた4本のメス達は、マサルの行手を阻むように綺麗に床に突き刺さる。
自分の後ろから飛んできた凶器にたまらず振り返ったが最後。マサルは、仁王立ちで新たにメスを取り出したルイさんを目にすることになる。
鋭く冷たいその瞳は、 "逃げるなら、次は容赦なく狙うから"とメッセージを放っており、その視線を受けたマサルは完璧に硬直していた。
「どこ行くのかなー? マーくん?」
ああ、まるでホラー映画を見ているようだ。そして、この先はスプラッタ映画へと移行していくのだろう。
短い付き合いだったな豚よ。お前の亡骸はちゃんと厨房まで届けてやる。安心しろ。
ルイさんは恐怖を与えるようにゆっくり近づいて行った後、マサルの首筋にメスを当てながら不気味な程の優しい声で問いかけた。
「ねー、あーしはマーくんのこと大好きだよ? マーくんはあーしのこと好き?」
「ブ……プギッ」
「そーだよねー? ……じゃあ、なんで何度も私を傷つけたりするのかな? あ! もしかして、そういう愛情表現? じゃあ、あーしもマーくんに沢山愛情表現しなきゃだねー」
そう言いながらルイさんは、マサルの首筋に当てていたメスをゆっくりとひいていく。
ギリギリ血が滲むか滲まないか程の薄皮を裂かれていくマサルは、恐怖に耐えきれず悲鳴をあげた。
「ブ……プギョッー! プギギョー!」
「どーしたの? まだ何も痛くないはずだよね。あーしの愛情表現はまだまだこれからだよ?」
「とんかつ定食お待たせしましたー! テーブルの方に置いておきますねー!」
お姉さん、今そんな元気に来なくていいから。そろそろ空気読もうね。
とりあえず、ブラインド的なものでも持ってくるか?
この映画確実にR指定になりそうだもんな。
「プギギョー!」
「ほらー、そんな騒がないの。お店の迷惑になるっしょー」
「ブギョォォー! ブヒョオォー!」
(おいおい……あれやべえだろ)
(誰か止めた方がいいわよね?)
(ねー、おかーさん。あれ……)
(しっ、見ちゃダメよ)
……流石に店内がざわついてきたな。
しかし、これは完璧にあいつの自業自得。俺は動かんぞ。
「プギブギョー! ブヒッブヒッフゴゴッ!」
(おいおい、金之助とかいうやつどこだよ)
(ほら、あそこにいる人でしょ。人の心がないのかしら……)
(おかーさん、きんのすけって最低だね)
(しっ、聞こえるでしょ)
……んん?
「プギョッフゴゴッ! プギブギョプギギョー! フゴゴッフゴゴッ!」
(おいおい、マジかよ金之助……)
(人って見かけによらないのね)
(おかーさん、きんのすけって変態だね)
(しっ、本当のこと言っちゃダメよ)
……んんん?
ちょっと待て、あの豚どさくさに紛れて何叫んでやがる。
店内の視線が俺に集まっているのを感じる。
そして、この視線に含まれているメッセージが、言葉にならずとも俺へと飛んできている。
"関係者ならとりあえず止めろよ"
……これだから他人は嫌いなんだ。
詳しい事情も知らないで、安全地帯から俺にだけ責任押しつけやがって。
それに、マサルが叫んでいる内容が問題だ。完璧に俺の名前は流出したと共に、それ以上の謂れのない何かを植え付けられている。
(ドMなだけじゃなくて熟女好きだなんてな……)
(熟女ってレベルじゃないわよ? おばあちゃんよ。おばあちゃん)
(おかーさん、股間に入れ歯ー)
(しっ、変な言葉覚えちゃダメよ)
あちゃー。これは、あちゃーだわ。
あのクソ豚、さっき俺が適当ぶっこいた性癖を暴露してやがる。どういうつもりだ。
なんにせよ、まずい。これ以上放置すると、更に変なレッテルを貼られかねない。
その上、無常にも命を見捨てた最低変態野郎となれば、今後この街で後ろ指をさされながら生き続けることになる……くそっ。結局こうなるのか。動かざるを得ねえじゃねえか。
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