第13話 この金髪ギャル、友達が欲しいってよ

「あ、あの……どちら様で……」

「ブブギョ! フゴフゴッ!?」


 マサルが俺の言葉を遮るように、焦りながら鳴き始めた。


 金髪の女性はグラサンを外すと、案の定その瞳には明らかな殺気を灯している。

 パッチリと大きな瞳にスッと通った鼻筋、薄めの唇に反比例してやや濃いめのメイク。肩まで伸びる緩めのウェーブがかかった髪の毛は、完璧な程に金色である。


 とてつもない美人なのだが、ギャルだ。思いっきりギャルだ。

 そして、最近出会った髪の毛真っ青少女と同じ匂いがする。要するに、ヤバい匂いだ。


 金髪女性は大きく息を吸い込むと、怒鳴るように喚き始めた。


「"どうしてここに!?"じゃないわよ! 朝からコソコソと出かけるから怪しいと思ってつけて来てみれば、またそんなことやって……! この前、アコギな商売はもうやめて真っ当に働くってあーしと約束したじゃん!? また私を裏切ったの!?」


 マサルは金髪女性の怒鳴り声に一気に萎縮し、震えている。こんなマサルを見るのは初めてだ。

 しかし、女性の怒鳴り声に他のお客さんがザワつき始めた。これは色々とまずい。


「あ、あの。とりあえず落ち着きましょう? 周りの目もありますし、マサルのお知り合いならとりあえずこちらへ……」


 女性は店がザワついているのに気がついたのか大人しく俺らのテーブルに移動して来た後、マサルの隣の席に座った。


 ……無言の圧力がすごい。だが、とりあえず状況を見つつ、自分の感情をおさめた。

 最低限の常識はありそうだ。

 

「フ……フゴッ」


  "とりあえず何か好きなもの頼めよ"と無駄な機嫌取りをしようとしているのか、マサルは女性にメニューを手渡す。


 女性は雑にメニューを受け取り、頬杖をつきながらパラパラと不機嫌そうにめくっていく。

 一通り見た後、呼び出しボタンを荒く押すと、先程のお姉さんがすぐに駆けつけてきた。


「お待たせ致しました! ご注文でしょうか?」

「……トンカツ定食。トンカツ大盛りで」

「ブギョッ!?」


 うわあ、めちゃくちゃ怒ってるよ。

 豚の隣で豚肉食べるのはさすがにタブーだろ。その禁忌を余裕で犯すことができるくらい怒ってるのがよくわかるわ。


「あのお……。申し訳ありませんが、トンカツ大盛りっていうのは承っていなくて……」

「あら? もしかして材料が足りないのかな? 豚肉がないなら、ちょうどここに活きがいいのがいるから、シメて使っていいよ?」

「ブギョッ!?」


 ブラックジョークを通り越したものを感じる。ジョークなのかさえ怪しいが。


「か、かしこまりました。解体含めて可能か、厨房の方に確認して参ります!」

「ブギョッ!?」


 だから、お姉さん変なガッツ見せなくていいって。厨房さん100%無理だよ。

 生きた豚持ち込んで、解体作業から調理までこなしてくれるファミレスがあったら逆に怖いわ。


「あ、あのー。彼女の冗談だと思いますので、普通に作ってきて頂ければ……」

「え、ああ! そうですよね! かしこまりました!」


 切羽詰まった表情がほぐれ、お姉さんは安心したようにまた厨房へと向かって行った。

 あのお姉さんも割とヤバいな。真面目すぎて破滅するタイプだわ。

 

 それにしても空気が重い。なぜ豚の修羅場に鉢合わせないといけないのか。

 さっきの会話からして、恐らくこの女性が丸山先生が言っていたマサルの彼女だろう。


 とりあえず、俺がこの人に対して知っている情報はただ一つ。以前に、マサルを焼き豚にしようとした事があるということだ。


 感情の起伏の激しさ。危うい発言と行動。朝から出かけた彼氏を尾行し、"愛ゆえに"という名目の元、ストーカー紛いの行為も正当化させている態度。

 間違いないな。メンヘラだ。


 マサルの彼女は豚のような人ではなく、人のような豚でもなく、単純に美人なメンヘラであった。


 羨ましいと感じるか微妙なところだな。

 気がついたら後ろから刺されてもおかしくない危うさがプンプンしてくるんだよ、この人。


「お待たせしましたー! こちらアイスコーヒーとサンドウィッチ。イチゴ盛りクレープほろ苦ときめきソース〜春のそよ風を添えて〜になります! とんかつ定食の方、もう少々お待ち下さいませ!」


 よくこの空気感の中、こんなに元気に来れたな。ニコニコじゃねえか。

 もうこのテーブル離れて、このお姉さんとお茶したいんだけど。

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