第10話 豚とお茶する5秒前
一人暮らしだ。
正確に言うと、実家を追い出された。
もっと更に正確に言うと、高校を卒業した後、進学も就職もせずニート生活を満喫していた挙句追い出された。
もっと更に色々と説明をすると、人脈も社会常識も根性もない俺は、一人で生きる術など知らずホームレス生活を送っていた。
勿論そんな甘ったれが過酷な日々に耐えられるはずもなく、毎晩恥ずかしげもなく道端で号泣しているところを、たまたま通りかかった店長が見兼ねて声をかけてくれた。
その後、紆余曲折ありつつも仕事(店長のコンビニのバイト)と、家(四畳半ボロアパート)を手に入れ、なんとか日々生きている訳だ。
友達もいない、彼女もいない、家族にも見放された豚野郎という情報をもって、毎回自虐にしかならない自己紹介はこの辺で終わらせて頂こう。
「ブブギョ!」
"よっ!"という感じで、待ち合わせ場所の駅前で、豚が俺に向かって前脚をあげている。
人生を歩む中で、豚と連絡をとり、豚と待ち合わせをして、豚とご飯に行く経験をするなんて誰が思うだろうか。
小学生の頃の俺に話しても、絶対信じないだろう。
正直、マサルと会うかどうかというのはとても迷った。丸山先生も言っていた通り、特に日常生活に困っているワケではない。俺の日常のイレギュラーはマサルだけなのだ。
要するに、マサルと関わりさえしなければ自分がおかしいのではと感じることもなく、周りからおかしな目でみられることもない。俺の日常は問題なく流れていくのだろう。
だが、それをわかっていながらも俺はまたマサルと会う事を選択した。
理由を問われれば、明確に答えることはできない。強いて言うならば、なんとなくだ。
なんとなくこの選択が人生の岐路になる気がし、なんとなくこのマサル問題を放置してはいけない気もした。
全てにおいて面倒臭がりな俺がこの選択をした事は自分でも驚いている。困難に立ち向かうなど、俺らしくないことをしたものだ。
さて、今日のマサルは少しコーディネートが違う。いや、言うまでもないが勿論全裸だ。
では、何が違うのかといえばバックである。初めて会った日は小さなポーチバックをつけていたが、今日は少し大きめのリュックサックを背負っている。
一体何が入っているのだろうか。
「プギ! ブブギ!」
マサルは一声鳴くと、ズンズンと四足歩行で歩みを始めた。ついてこいということだろうか。
身軽にどんどん進むマサルの後を俺は必死についていく。
なんか、あれだな。ペットのミニブタに逃げられて、必死に追いかけてるダサいやつみたいな図になってるな。釈然としないわ。
マサルが向かった先は、なんてことはない駅近にある普通のファミレスだった。
お礼というからそれなりのお店にでも連れていかれるのかと身構えていたが、取り越し苦労だったな。
お店に入るとすぐに、可愛らしい店員さんが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! 二名様でよろしいでしょうかー?」
「ブブギフゴッ!? プギャギャギャ!」
「……え。あ、大変申し訳ありませんでした。すぐにご案内致します……」
いや、ちょっと待て。マサル何言いやがった。
"みりゃあわかんだろうが!? さっさと案内しろや!"的なDQNみたいなこと言ってねえだろうな。
なんにせよ、店員さんドン引きしてたじゃねえか。どうしよう、もう既に帰りたい。
「……では、こちらのテーブルをお使い下さい。本当に申し訳ありませんでした……」
いやいや、本当に何言ったのコイツ。
お姉さん、この世の終わりみたいな絶望した顔で去っていったよ?
太陽のように出迎えてくれた人に何してくれてんだよ。
「フゴッフゴッ!」
席につくと、"好きなもの頼みな"と言わんばかりに、マサルはメニュー表を渡してきた。
いや、もういいんだけど。個人的にはさっきのお姉さんに土下座だけして、さっさと店出たいわ。
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