第2話 豚があげるは、タバコの狼煙

 

 童貞だ。

 正確に言うと、彼女いない歴=年齢だ。

 もっと正確に言うと、女の子の手も繋いだことがない。

 もっと更に説明をすると、女の子との会話を1分以上もたせたことがなく、散々キョドったあげく"フゴッ"と豚のような笑い声をだすのが精一杯である。


 冴えない顔立ち、冴えないオーラ、どうしようもないレベルのコミュニケーション障害を持った底辺男だという情報をもって、今回の自己紹介は勘弁してもらえないだろうか。


 こんな豚野郎の日々を人生と呼ぶのはおこがましい。豚生と呼んでも間違ってはいないだろうな、ハッハッハッ。


「プギッ」


 脳内にて、本物の豚生を送っていた先程の豚の鳴き声が響いた。結局なんだったんだ、あれは。

 あの後、豚が打っていた台は稼働停止の札が貼られ、店は何事もなかったように通常営業をしていた。

 連れられていった豚がどうなったのかもわからない。まあ、普通に考えれば器物損壊で警察沙汰なんだろう。


 ブタ箱行きとは、これまた身体をはったシャレをかましてくれる……って、やかましいわ。


 結局あの大当たりは連チャンし、なんだかんだ入れた分以上のお金が返ってきた。

 大量のお菓子とも交換し、お菓子が詰まった袋をぶら下げながら帰路を辿っていると、児童公園の近くでタバコの匂いがしてきた。


 匂いの先へ目をやると、囲まれた樹木のせいで状況はわからないが公園の中から煙が漂ってきている。

 このご時世に、子供達が集まる公園で喫煙をしている不届き者がいるようだ。


 注意? ああ、当たり前だ。勿論しない。

 したら、モメるかもしれないし、最悪殴られたり、お金をとられたりするかもしれない。

 どこぞの子供が副流煙の危機に晒される事と、俺が不幸にあう事を天秤にかければ、答えなどおのずと出てしまう。


 俺は気づかなかったことにして、さっと公園の前を通り過ぎる事にした……が、注意こそはせずとも、そんな不届き者がどんなヤツなのかは興味がある。

 入り口はひらけているから通り過ぎる時に中の様子は充分にわかるだろう。

 

 さてさて。金髪スウェットのヤンキーか、ちょい悪オヤジを気取った中年のオッさんか、はたまた俺みたいなどうしようもない豚野郎か。

 

 さあ、存分にそのご尊顔を拝見させてもらおうじゃないか!


「ブーーーー、フゴッ」


 横目で見るどころではない。視界にその生物が入った瞬間、俺は顔をあげて凝視した。

 

 豚だ。間違いなくさっきの豚だ。


 公園の真ん中にあるくたびれたベンチに座り、出所明けの犯罪者かのようにタバコをこれ以上ない程うまそうに吸っている。


 お勤めご苦労様……じゃねえよ。

 事務所に連行されたはずだろ。いくらなんでも解放されるの早すぎるだろ。

 いやいや、そこじゃない……。そもそも豚がタバコ吸うなというか、人としての最低限のマナーは守れよっていうか。あ、人じゃないか。


 ダメだ、ツッコミが追いつかない。

 しかし、これだけは言える。人に対しては無理であっても、相手は豚だ。自分より遥かに小さいミニブタだ。


 俺はツカツカと真っ直ぐにタバコを吸っている豚の元へ歩いて行く。


 自分でもビックリだ。俺にこんな正義感があったなんて。いや、まあ相手が自分より明らかに弱いという条件下の元でのみ発揮されるのだが。

 待て待て……弱者に対してだけ出来るということは本物の義ではなく、ただの弱い者イジメなのでは……?

 いやいやいや、うるさいうるさい。俺は言う! 言うぞ! ビシッと注意してやる!


「こ、こここ、コラっ! お前! こ、こきょは、禁煙だろーが」


 ダメだ、結局どもった。しかも噛んだ。

 周りには3人の小学生がボール遊びをしていて、急に叫んだ俺をガン見している。


 豚は豚で、何も言わず俺を一瞥し、そのままタバコを吸い続けている。

 いやいや、何か言えよ。言えずとも、鳴けよ。注意されてんだから、せめてタバコを消せ。俺がおかしいヤツみたいな空気感を出してくるな。


「い……いや、ほら子供達もいるし! 俺はそういうのよくないと思います!」


 ダメだ。帰りの会で、他の子の悪行を必死に主張している小学生みたいになってしまった。

 

 っていうか、お前ら沈黙やめろ。

 "うわ……コイツ喋ったよ……"みたいな空気が俺をどんどん無口にさせていくんだよ。

 力でもない、言葉でもない、無言の暴力というものは存在するんだよ?


 豚はそのままタバコを吸い終わり、そんな俺のことを無様だとでも感じたのか、口角を少しあげ豚っ鼻で"フゴッ"と笑った。

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