変な豚のせいで、ヤバめの美少女達に絡まれ始めました

フー・クロウ

第1話 俺の町には豚がいる

 四枚目だ。

 正確に言うと、一万円札が四枚目だ。

 もっと正確に言うと、この液晶の中で数字がくるくる回っているよくわからない機械の中に、四枚目の一万円札を突っ込んだところだ。

 

 もっと更に状況を説明をすると、パチンコ屋で俺は、今日入ったお安い給料の四分の一ほどを失おうとしているところなのである。


 低収入、無趣味、交友関係もなく休日に一人パチンコ屋に入り浸るような底辺男だという情報さえあれば、自己紹介は充分だろう。


 こんな豚野郎の日々を人生と呼ぶのはおこがましい。豚生と呼んでも間違ってはいないだろうな、ハッハッハッ。


「プギッ」


 そんなことを一人思いながら心の中で笑っていると、本当に豚の鳴き声が聞こえてきた。

 幻聴か? 俺の心の声がついに豚語化したのだろうか。

 しかし、その答えはほんの少しだけ目線を右にやればすぐに出てきた。


「プギッ、ブー」


  豚がいる。俺の隣の席に、今まさに豚生を送っている本物が君臨している。

 その豚は、人間のように普通に座位をとり椅子に座っていた。


 そして、身体にかけていた小さなポーチバックから器用にお金を取り出し台に入れ、これまた器用に蹄の先で貸し出しボタンを押し、どう考えてもハンドルなど握れない手先……もとい前脚で玉を打ち出し始めた。


 ミニブタというものだろうか。体長1メートルほど。特に人間らしい服装をしている訳でなく、真っ裸である。

 もしかしたら、豚っぽい小さなおじさんなのではという可能性にも賭けていたが、裸の時点でそれは消えた。

 

 そもそも、豚なのだから裸という表現が正しいのかわからないが、あまりにも人間のおっさんかとも思える佇まいに、どうしても人としての尺で捉えてしまう。

 よく見ると、台の横にカップのブラックコーヒーもセットされていて、どうやって買ったのか全く検討がつかない。


 そんな豚に目をとられていると、いつの間にか俺の台が騒がしく発光していた。

 

 これは当たるかもしれない。


 苦戦を要していた俺はこの瞬間の為にお金を入れ続けていたはずなのだが、全く心を沸き躍らせる余裕もなく、隣で起きている非現実的な状況に戸惑っていた。


 しかし、そんな非現実は遂に俺に接触してくる。

 その豚は、騒がしく演出する俺の台の液晶を覗き込み、俺に向かって鳴きはじめた。


「プギッ! フフゴッ、プギプギッ!」

「え……、あっ、はい。そうっすね……」


 何を言っているのか全くわからなかったが、なんとなくニュアンスだけは伝わってきた。

 

 これ、あれだ。

 おっさんの、"これアツいで! 絶対当たるわ!"といきなり絡んでくる面倒臭いやつと一緒だ。


「プギャ! プギップギプギ! プゴッ!」


 ダメだ、ここまでくると何言ってんのか全然わからん。っていうか、なんでコイツこんなに興奮して楽しんでるんだよ。

 俺の楽しい感情は今お前のせいで全部かき消されてるのわかってるのか。


 そうこうしている内に、俺の台は激しい閃光と共に見事に同じ数字を揃えていた。

 遂に訪れた大当たりだが、ドキドキ、ハラハラさえもできず、全く満足感を得られなかった。


 コイツはコイツで、"フゴッフゴッ"言いながら俺の肩ポンポン叩いてくるし。


「プギャッ!? プギィッイイイ!」


 急にあげた奇声に近い鳴き声に何が起きたのか視線をやると、豚の台も騒がしく演出を始めていた。

 打ち始めたばかりなのに、なんという強運。これは間違いなく当た……


       "プスッ……"


 悲しい効果音と共に、台の演出は一気に冷め、何事もなかったように次の回転が始まった。要するに、ハズれたのだ。


 何が起きたかわからないと言わんばかりに豚はフリーズし、これから出荷ですか?と、問いたくなるような悲しい目で台を眺めていた。


 豚はしばし沈黙した後、けたたましい鳴き声をあげる。


「プッ……プッギョオオオオオオ!」


 うるせえよ、びっくりするわ。

 しかも、声をあげるだけではおさまらず、今度は台のボタンを前脚で繰り返し叩く。叩いて、叩いて、叩きまくる。


 普通に壊れるわ。しかも、お前まだ金全然使ってねえだろ。そんなキレんなよ。


 そんな豚の行動に店員が気づき、急いで駆けつけてきた。


「お客様、困ります! 台を叩くのはおやめ下さい!」


 そうだ、やめろやめろ。普通に迷惑だわ。

 ……っていうか、お客様なの? 店員も店員で、なんで普通に注意してんの? 


 もうちょっとこう、まず豚がパチンコ打ってることに驚けよ。

 いや、それ以前に豚が店内にいることに戸惑えよ。普通に大事件だろうが。


「フゴッ……」


 さすがに怒られたことが堪えたのか、潮らしい鳴き声をあげながらわかりやすく反省をしている。


 店員が行った後、豚は気持ちを落ち着かせようと用意していたブラックコーヒーに手を伸ばした。


 どうやって飲むのかと俺は凝視するが、普通に飲んでいる。あまりにも自然すぎてどうなっているのかもう一度観察すると、とても単純だった。紙コップが磁石のように手についているのだ。いや、おのれはドラ○もんか。

 普通と表現したものの、全然普通じゃなかったわ。手品レベルの摩訶不思議だわ。


 心の中の突っ込みが追いつかないまま、再度豚の台にアクションが起きる。


「プギャッ!? プギィッイイイ!」


 そして俺は知っている。これはデジャブというもので、この流れはついさっき体験したばかりだ。だから、訪れる悲しい結末も知っている。


「プギギ! プゴゴブゴォオオ!」


 "唸れ! 俺の剛腕よぉおお!"とばかりに豚は叫びながら、前脚を使ってボタンを勢いよく押した。


       "プスッ……"


 ああ、やっぱりな。こうなることはわかってたんだ。

 お前も、なんとなくはこの結末を知っていたんだろ? だから、そんなに……


「プギィッイイイイイイイイ!」


 豚の渾身の叫び声が店内に響き渡った。

 それと同時に、今度は身体全体を使い台に対して突進をする。


 "ドンッ!"と衝撃音がなり、遂に悲劇が起きる。台の液晶ガラスが割れ、エラー音が鳴り響いていた。

 

「あっ……」


 誰が見ても一目でわかる。壊れた。いや、違うな。壊したのだ。


 鼻息荒くフゴフゴ呼吸をしていた豚は、やっと正気にもどり、自分が起こしてしまったことの重大さに気づく。


 しかし、気づいた時には既に遅し。顔を青ざめさせる豚の隣には、屈強そうな店員が二人立っていた。


「お客様、ついてきて頂けますか?」


 豚はまるで自分のことではないかのような雰囲気を出しながら、シラをきっているのか微動だにしない。


 "え? この台初めから壊れてましたけど?"とでも言っているようだ。


 無茶だ、豚よ。

 これはどう考えても逃げられない。人である以上、自分が犯した罪は償わなければいけないのだ。あ、人じゃないか。


「お客様! ついてきて頂けますか!?」


 口調を荒げながら、店員は豚の前脚をつかみ、連れていこうとする。

 豚は必死に抵抗しながら、俺の事をひたすら

悲しげな目で見つめてくる。

 やめろやめろ、そんな目で俺を見るんじゃない。俺の脳内に勝手にドナドナを流すのもやめろ。


 ミニブタが屈強な人間に敵うはずもなく、抵抗虚しくそのままどこかに連れ去られていった。


 俺はポツンと取り残され、この非現実的な出来事を夢なのかと疑いながら、とりあえず大当たりを消化していく。


 これが現実なのであれば、一つ大きな気掛かりがある。

 

 俺の他にも客はチラホラいる。あれだけ大声をあげていた豚だ。台破壊の騒ぎを起こす前から、他の客からもその存在を認識されていた。

 

 しかし、誰一人その状況を異常だとも思わず騒ぎたてる様子はなかった。

 "やかましいおっさんがいるな"程度の反応しかなく、後ろを振り返りチラ見しては何もなかったように自分の台に集中する。

 

 店員だってそうだ。あれは最初から最後まで、人間に対しての対応だった。


 要するに、俺にとっては異常であることが、世界にとっては日常だと認識されていた。


 そうなると、あの豚はごく普通に人間社会に溶け込み、人間と同じように暮らしてることになるのだ。

 こんな事信じられないが、とりあえず言えることはただ一つ。

 

 俺の町にはブタがいる。

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