♯5 エイリアンの特徴と戦い方

 地下にある訓練場には、射撃の能力を向上させる訓練と、ホログラフィーを使ってエイリアンの動きに慣れる訓練をするものと、二種類ある。


 ナナコはホログラフィーを使うエリアに僕を連れて行き、設置してある機器を操作し始めた。

 何も存在していなかった空間に、五匹のエイリアンが現れる。

 ここに出てくるいくつかの映像は、アンドロイドがエイリアンと戦った際、目に内蔵されたカメラで撮影されたものだという。


 何度も目にしているが、初めて見た時は本物が現れたと錯覚して腰を抜かしそうになったほどだ。


 エイリアンの顔は獣系や魚系、鳥系と様々だが、共通しているのは目だった。

 間近で見る奴らの目は、闇のようにどす黒い。目の中に白い部分は僅かばかりもなく、瞳孔は全て黒色だった。邪悪。その言葉がよく似合う風貌。


 そんな邪な奴らを前にして、ナナコが解説をする。

「何度か説明を受けてるだろうけど、もう一度話しておくわね。こいつらの動きは俊敏で、中には時速七、八十キロで走れる奴も存在する。速いだけではなく、虫のように平面の壁を移動することができるし、数十メートルの高さから落下しても負傷しない耐久力もある。腕力に関しても、数百キロある物を持ち上げることができる。私たちも怪力だけど、奴らはそれ以上の力を持っているわ」


 ナナコの説明どおり、映し出されているエイリアンたちの動きは俊敏で怪力だった。次々とアンドロイドが破壊されていっている。最も威力が高いとされているレーザー銃を撃ちまくっているが、奴らは倒れない。少しは効いているエイリアンもいたが、多くは怯まずに攻撃を繰り返していた。


「この映像を見てもわかるように、奴らの肉体は鋼鉄のように硬い。レーザーや弾丸を少し当てたくらいでは、致命的なダメージは与えられない。でも、奴らは決して無敵ではない。首から下の部分に関しては、同じ箇所にレーザーや弾丸を当て続けることで破壊することが可能よ」

 その説明どおり、びくともしなかった一匹のエイリアンの腹部が突然破裂した。


 一滴では無理でも、何千、何万の水滴であれば、石を穿つことができる。それと同じ理屈で、エイリアンの身体のどこか一ヵ所を攻撃し続けるのが打倒方法の一つとされていた。


 しかし、どれだけ性能の高い銃を使っても、同じ箇所に命中させ続けるのはかなりの腕がいる。これが、エイリアン討伐隊のメンバーに射撃能力の高さが求められる理由だった。


「こいつらを手っ取り早く倒す方法は、頭部を破壊すること。肉体は硬くても、頭部に関しては地球上の生物と同じように脆い。だから最初のうちは、そこを狙って簡単に倒せていたんだけど、今ではこのとおり、防具を付けるようになってしまった」


 映像の中のエイリアンたちは、ヘルメットのようなものを被っている。目の部分だけは透明になっているが、その箇所も他の部分と同様に簡単には破壊できない素材で作られているとのこと。


 ホログラフィーのエイリアンが人間を追い詰める。

 万事休すの状態。

 だが、殺さない。アンドロイドに対しては全力で攻撃を仕掛けてくるが、人間に対しては死ぬような攻撃を仕掛けてこない。


 その理由は、人間を生きた状態で食べるため。殺してしまうと味が落ちるのか、奴らは生きた人間を食べることに執着していた。


 人間を追い詰めたエイリアンは、脱ぎ捨てるようにして頭部を守っていた防具を外した。そして人間を食べるために大口を開いた。


 次の瞬間、四方八方からレーザーや弾丸が飛んできて、エイリアンの頭は木っ端微塵に吹き飛んだ。


「このとおり、奴らは生存本能よりも食欲の方が勝る。能力に個体差があるように、銃弾が飛び交っているような場所では食べずに連れ去る冷静なエイリアンもいるけれど、多くのエイリアンは、今のように我慢ができずに防具を外して食べようとする。だから、もし追い詰められることがあっても、諦めてはダメ。ある意味、その瞬間が奴らを殺す最大のチャンスよ」


 僕は頷く。

 父親も、過去に何度か、追い詰められて喰われそうになったことがあると話していた。しかし、今の映像のように、いずれの場合もエイリアンたちは防具を外した。弱点を自ら晒したエイリアンに向かって、父親はありったけの銃弾をぶち込んで難を逃れていた。

 確かに、その瞬間は、エイリアンを殺す絶好の機会だろう。

 あとはその時震えずに引き金を引けるかどうか。


 それからもホログラフィーを使ったナナコの説明は続き、エイリアンの攻撃パターンや地形別の戦い方、奴らの視力や聴力がどの程度なのかを詳しく話してくれた。とりあえず現時点では、頭部以外に明確な弱点は見当たらないとのことだった。




 説明が終わる頃、トモヒコが他の討伐隊メンバーの候補を連れてきた。全部で十四人いた。


 僕はその人たちと一緒に射撃訓練を行った。変則的に動き続けるエイリアンを象った的に命中させる訓練。ただ的に当てればいいというわけではなく、先ほどの説明のとおり、同じ箇所に当て続けることが重要となる。


 直近に受けた適正検査では不合格だったが、今回は高い命中率を残せた。その数字は自分でも驚くほどだった。


 ナナコは褒めてくれたが、実際のエイリアンはこう簡単には当てさせてくれないぞとトモヒコが忠告した。

 僕も初めての実戦でこんなに上手く当てられるとは思っていない。

 明日実戦デビューする僕に一番大事なのは、恐れない心。誰よりも早く引き金を引く勇気。それをクリアできれば、上達の度合いも早まると信じていた。


 やがて訓練は終わり、夕食の時間になる。

 トモヒコが僕たちの前に立ち、口を開いた。


「ここにいる十五人の中で、明日初めて外に出る人間は八人いる。本来なら、初めてエイリアンと戦う人間には、もっと細かい作戦を仕込んだりアドバイスしたりするんだが、時間がないんでそれは止めておく。まあ、初めての実戦で俺たちの指示どおりに動ける人間はまずいないから、細かいアドバイスは意味がないんだけどな。とにかく、エイリアンを見たら撃て。撃って撃って撃ちまくれ。それが作戦だ。――あっ、間違っても俺を撃つなよ。俺を撃ちやがったら、エイリアンよりも先に俺がそいつを殺すからな」

 そう言ってトモヒコは笑い声を上げた。




 夕食の時間。僕の側にはナナコがいて、いつもより食べ物を二つ多く取っていいと言われた。作業する人間は最大でも四つまでしか取れないが、エイリアン討伐隊のメンバーは六つまで取っていいことになっていた。

 僕は六つの食糧を両手に抱え、母親の元に進んだ。


 僕とナナコは母親を間に挟む恰好で長椅子に腰を下ろした。

 母親は僕を見て、何か言いたそうな表情だったが、言葉が出てこないのか、無言でパンや野菜を口に運び続けていた。僕もまた、母親にかけるべき言葉を探しながら咀嚼していた。

 

 重い沈黙を破ったのは、ナナコだった。

「さっき、未来のことは約束できないとあなたに言ったけれど、今回は割合安全な戦いと言えるわ。普段のは、あらゆる場所を探索するから、その分不意に奴らと遭遇したり奇襲されたりすることがある。でも今回は追跡装置が出している信号を目指すから、こちらが不意打ちを仕掛けることができる。気休めにしかならないだろうけど、私のシミュレーションではかなりの確率で生きて帰ってこられると予測できているわ」


 ナナコの言葉を聞いて、母親が口を開く。


「でも、不測の事態が起きる可能性もあるわよね?」

「ええ。全てシミュレーションどおりにいくとは断言できない。でも、これだけは言える。私はこれまでエイリアンに負けたことはない。劣勢の局面に置かれたことは何度もあるけれど、その度に生き抜いてきた。これはトモヒコも同じ。あなたも知ってるとおり、昔ここには一〇〇体以上の旧型アンドロイドがいたけれど、今では私とトモヒコだけ。それはつまり、私たちがそれだけエイリアンとの戦闘に長けているという証明。この子の側には、常に私が付いておく。だから、安心していて」


 ナナコの力強い言葉に、母親の表情がほんの少しだけ柔らかくなったように見えた。

 僕が言葉を繋ぐ。

「僕は必ず生きて帰ってくるよ。父さんと陸を連れて、母さんの元に戻ってくる」


 母親は僕の目をじっと見つめて、手を重ねてきた。

 少しして、その視線がナナコに移る。


「この子をお願いします。必ず生きて連れ帰ってください」

 そう言って母親は頭を下げた。


 ナナコは自分の胸をぽんと叩いて、

「任せて。大船に乗った気持ちで待っていて」

 と言った。


 ナナコにしては珍しい言動だった。トモヒコがやりそうな動きと言葉。ナナコなりに、母親を気遣っての言葉なのだろう。ナナコとトモヒコだけが、人間に対して気を遣ってくれる。


 やがて夕食の時間が終わり、みんなが部屋に戻って行く。

 僕と母親も立ち上がり、お別れの挨拶をする。


「明日はみんなが起きる前に出発するから、ひとまずここでお別れだよ」

「あなたの無事を祈ってるわ。必ず生きて帰ってきてね。約束よ。この約束だけは、絶対に守って」

「うん。約束するよ」


 僕の姿が消えるまで、母親はその場に立って手を振り続けていた。

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