♯6 荒廃した世界
道を歩く僕の前に、突然エイリアンが現れた。僕の二倍はありそうな巨大な体躯。獰猛な顔には鋭い牙が二本覗いていて、開かれた口からは涎が垂れている。
僕はレーザー銃を構え、引き金を引く。数発のレーザーが着弾したが、効いた様子は見られない。
エイリアンは虫を払いのけるかのように、片手で僕を弾き飛ばした。壁に激突した僕は、立ち上がることができない。
エイリアンが片手で僕の頭を鷲掴みにし、持ち上げる。
咆哮とともに、僕の頭に牙が突き刺さった――。
ブザーが鳴り響き、僕は目を覚ました。肌着がぐっしょりと濡れている。
夢か……。
あまりにも鮮明な光景。夢だとわかっても、僕は思わず自分の顔や身体を触って穴が開いてないか調べていた。
大きな溜息を吐きながらベッドから出ると、僕は顔を洗って朝食を済ませた。
いつもなら、このあと作業着を着るのだが、今日は昨日支給された戦闘服を身に纏った。
コレは対エイリアン用に作られた物で、巨岩を一撃で破壊するほどのエイリアンのパワーにもある程度は耐えられるという。それだけの強度を誇るのだが、特殊な素材を使っているらしく、重さはほとんど感じられなかった。ちなみにこの戦闘服はアンドロイドたちも着用している。
準備が整った頃、檻の前にナナコが現れた。
彼女はいつもどおりの白衣姿だったが、この白衣は特注で作らせた戦闘服ということだった。戦闘用の白衣とこの施設の中だけで着る白衣と分けているようだったが、見た目に違いは感じられない。
ナナコが着る服に拘りを見せるのは、女性という設定が影響しているのだろうか。
檻が開き、ナナコが入ってくる。
「準備できた?」
「うん。大丈夫」
「答えはわかってるけど、敢えて訊くわ。今ならまだ辞退できるけど、どうする?」
「覚悟が揺らぐことはないよ。僕は二人を連れて、ここに帰ってくるんだ」
僕の決意を聞いて、ナナコは少しだけ口角を上げた。
「わかった。それじゃ、行きましょうか」
ナナコに連れられ、僕はこれまで一度も目にしたことのない場所へ来ていた。
そこには、車両が多数停められていた。一人乗りの車両や、大人数が乗れるトラック型の車両、他には小型航空機も数機あった。
車両の前には、多くの新型アンドロイドと人間が立っている。人間の方に関して言えば、見覚えのある顔は一人としていなく、全員大人の男だった。
僕が最後の一人だったようで、トモヒコがみんなの前に立って話し始める。
「昨日、人間を連れ去った二機の宇宙船に、追跡装置を付けておいた。その装置から出されている二つの信号は、ここから約一〇〇キロ先の地点と約一三〇キロ先の地点で止まっている。今からそこを目指して出発する。
――昨日話したとおり、細かい作戦はない。とにかくエイリアンを見かけたら撃ち続けろ。知っているだろうが、奴らは人間を生きたまま食べることに執着しているから、人間に対して即死するような攻撃は仕掛けてこない。それはお前たちに取っても攻撃するチャンスだし、俺たちに取っても好都合だ。
――あと、一応言っておくが、脱走しようなんて考えない方がいいぞ。もう人間たちだけで生き延びられる世界じゃないからな。俺たちとお前たちがこの世界で生き続けるには、協力し合わなければならない。一蓮托生というやつだ」
トモヒコの言うとおり、今の世界はもう人間たちだけでどうにかできる環境ではない。どういう理由でも、どういう扱いでも、人間を生かしてくれるAIと共に生きる道を選択した方が良い。それしか、僕たちが生き延びる道はない。
「いいか、人間たち。エイリアンを倒すため、そして生き延びるために、これだけは肝に銘じておけ。俺たちアンドロイドは、普段こんな風に人間の言葉で会話をしない。やりとりは全部、ここでやっている」
そう言ってトモヒコは頭部を指差した。
「だが、これからお前たちと行動を共にする時は、新型アンドロイドにも声を出すように言ってある。細かい作戦は与えないが、生きてここに帰りたいなら、俺たちの言葉を聞き逃さないようにしろ。アドバイスの聞き逃しは、死を意味する」
普段冗談ばかり言っているトモヒコが、真剣な表情で説明し続けている。僕の緊張は一段高まった。
「それじゃ、今から番号を言うから、指定された車両に乗り込め。武器は車内で渡す」
トモヒコが番号を読み上げていき、一人、また一人と車両に乗り込んでいく。
最後に番号を呼ばれた僕は、大型の軍用車両に乗り込んだ。今はどうなっているかわからないが、世界が一変する前は、空を飛ぶ車両の中では最も多くの人間を乗せられる車両として話題になっていたものだ。
僕の乗った車内には、五人の人間と十体の新型アンドロイド、そして僕の両隣にはトモヒコとナナコが座った。
僕たちに支給された武器は、レーザー銃と鉛の弾を使うショットガンだった。
レーザー銃の方が威力が高く連射もできるが、ショットガンはある条件下ではレーザー銃と同等以上の威力とされていた。
その条件下とは、エイリアンの顔が丸出しの状態になっている場合。この時であれば、一発で広い範囲を破壊できるショットガンの方が有利とされていた。
大事なのは、武器を使い分けられる冷静さを持っていられるかどうか……。
エンジンがかかり、車両がふわりと浮いた。前方にある鉄の扉が開くと、車両は前進し始めた。
僕の鼓動が、早鐘を打ち始める。
僕が外に出るのは、あの日、AIが反乱を起こした時以来。空も、太陽も、風の匂いも、それら一切が遮断されていた場所から解き放たれる。
巨大な鉄の扉を抜けた車両は、緩やかな坂を上り続けている。
そこで僕は初めて、この施設が地下にあるのだと理解した。ここに連れて来られた時は目隠しをされていたので、全くわからなかった。窓がないのは脱走を防ぐためと思っていたが、これが理由だったのだ。
やがて前方に光が見えてきた。
記憶の隅に沈んでいた太陽の光が、蘇ってくる。
長い坂を上り終え、ついに僕の身体は外へと出た。
数年ぶりに見る外の景色は、僕の想像と違って、昔のままだった。
もちろん、人の気配は全くないが、家屋や様々な店、高層ビル、それら全てが、僕たちが平和に暮らしていた頃のまま存在していた。
世界は、もっと荒れ果てていると思っていた。あらゆる建物はエイリアンに破壊され、戦闘によってできた傷跡が至るところにあると想像していた。
しかし今、僕の目に映っているのは、傷一つない綺麗な世界。安寧だった頃の時間が、ここには流れている。
血の匂いのしない景色を眺めていると、楽しかった頃の様々な思い出が胸に去来した。
しかしそんな感傷的な気分もすぐに収まった。
本当にエイリアンが人間たちを襲っているのだろうか? 本当にAIはエイリアンたちと戦っているのだろうか? 昔のままの街並みを見ていると、そんな懐疑的な思いが浮かんできた。
そんな僕の思考を読み取ったかのように、ナナコが話しかけてきた。
「この辺りは、まだエイリアンたちの力が及んでいないのよ。あいつらは、熱探知機や鼻を使って人間を探しているけれど、私たちが管理する全ての施設は、熱探知機を妨害する機械を設置してある。だから簡単には見つからないようになっているの。この車両にもその装置はついているわ」
「じゃあ、このまますんなりと目的地に行ける?」
「それは、奴らが近くにいるかどうかで変わってくる。奴らは、嗅覚がとても鋭いの。施設やこの車両にも、人間の匂いを消す装置はつけてあるけれど、奴らの嗅覚は尋常ではないから、近くまで行くと気づかれる恐れがあるわ」
「だからいくつかの施設が襲われたり、不意打ちを喰らったりするってこと?」
「そのとおり。ある意味、科学力が原始的な部分に負けているということになるわね」
「その話に一つ付け加えるなら――」
それまで口を閉じていたトモヒコが会話に入ってきた。
「奴らは、知能指数は低いくせに、≪どうすれば人間を捕まえられるか≫ということに関しては頭がよく回る。地球に来た当初は気づかなかったようだが、ある時、奴らは人間がAIの支配下にいることを理解した。つまり、人間の近くには常にAIがいると。そこで奴らは、アンドロイドが発する微量な電波を探知できる機器を作り出した。最初のうちは、その機器を妨害することができずに、多くの仲間が破壊された。だが今ではその機器を封じる装置を発明して、遠距離からの発見を防ぐことができている。ただ、いずれ奴らはその上をいく機器を作るだろう。当面はいたちごっこが続くと思われる」
その話を聞いて、僕には理解できる部分と理解できない部分があった。
なぜ、知能指数の低いエイリアンが、そんな高性能な機器を作れるのだろう。奴らが乗ってきた宇宙船だってそうだ。エイリアンがどの銀河から来たのかは知らないが、地球にある宇宙船とは比較にならないほど高性能な物のはず。なぜそんな高度な物を、奴らが作れるのだろうか。
そんな素朴な疑問を、僕はぶつけてみた。
「エイリアンは知能指数が低いのに、何でそんな高度な機器や宇宙船を作れるの?」
トモヒコは腕組みをして、感心したような顔で二度三度と頷いた。
「ほおぉ。そこに気づいたか。冷静に話を聞いてるな、107番。――教えてやろう。あいつらはな、あらゆる惑星を侵略しては、そこに住む生物を喰らい尽くすんだ。食べられる物がなくなれば、別の惑星を侵略しに行く。そこに何か思惑があるわけじゃない。全ての種を喰らい尽くすことが、奴らの行動原理。その過程で、遥かに文明が進んだ惑星に辿り着いた。そこには、俺たちのようなAIが存在していた。そのAIが、奴らに高度な機器を作らせているんだ」
なるほどと僕は頷いたが、直後に新たな疑問が生まれた。
「何でそのことを知ってるの? あいつらと話せるの?」
「いいや。今のところ、あいつらと会話は成立しない。教えてくれたのは、あいつらが持っているAIさ。実はな、エイリアンが地球を侵略しにやって来るずっと前から、そのAIはこちらにメッセージを送っていた。それを受け取ったのが――」
トモヒコがそこまで話したところで、新型アンドロイドが会話に割って入ってきた。
「それ以上、人間に情報を与えるな。核心に触れる話は全て禁止のはずだ」
いつもなら、新型アンドロイドに何か言われたら反論するトモヒコだったが、今回は違った。
「ああ、そうだな。この話題はここまでにしておこう。悪いな、107番」
僕は考えを巡らせる。
地球のAIは、エイリアンが侵略しにやって来ることを事前に知っていた?
それは、まだ人間がAIを支配する側だった頃の話なのだろうか?
もしそうなら、AIが反乱を起こした理由もそれに関係しているのだろうか?
……今ある情報だけでは何とも言えない。これ以上は何も教えてくれないだろうから、僕はそのことについて考えるのを止めた。今は何よりも、父親と陸を見つけることに集中しなければ。
ある場所まで進んだ時、景色ががらりと変わった。
爆弾が落ちたかのように、あらゆる建物の内部が剥き出しになっていて、広範囲に渡って地面は深く凹んでいた。
「この辺りから、戦いが激化している区域になる。数秒後には奴らが襲ってくるかもしれん。全員気持ちを整えておけ」
車内の緊張が一気に高まった。
気を落ち着かせようと深呼吸する人や、震えを押さえるために太ももを手で叩いている人もいた。
僕も気を静めるため、深呼吸を繰り返した。
落ち着け。一人で戦うわけじゃない。トモヒコやナナコ、新型アンドロイドもたくさんいる。大丈夫。トモヒコたちの指示を聞きながら戦えば勝てるはず。
「ちょっと待って」
ナナコが言葉を発した。人差し指をこめかみに当てている。
「一キロほど先の地点で、生体反応を感知したわ。動いている感じから、たぶん犬か猫だと思うけど、生きている人間がいるかもしれない。念のため辺りを探してみましょう」
生体反応を感知したという場所に着くと、車両が止まった。
先にアンドロイドたちが降り、続いて僕たち人間が降りる。
「四方に分かれて、辺りを捜索しろ。いいか人間たち、絶対にアンドロイドの側を離れるなよ」
トモヒコの言葉に僕たちは返事をして、それぞれ新型アンドロイドに付いて行く。
僕はトモヒコやナナコと一緒に捜索をすることになった。
トモヒコたちアンドロイドに、緊張の二文字はない。恐怖心もない。だから悠然といった感じで歩いている。
一方、僕たち人間は、挙動不審者のように、視線を前後左右に動かし続けていた。
エイリアンが出てきたら、すぐに撃てるように、引き金に人差し指をくっつけた状態のまま歩いている。
そんな僕の前に、今にも朽ち果てそうな神社が現れた。
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