♯7 神は存在するか?

 毎年、正月には必ず両親に連れられて神社に足を運んでいた。

 賽銭箱にお金を入れたあとにお願いをしていたが、お小遣いを上げて欲しいとか、何々が欲しいとか、他愛もない願い事ばかり。


 アンドロイドが反乱を起こした年も、僕は両親と一緒に初詣に行っていた。

 あの時、僕は神様に何をお願いしたのだろう。

 世界がこんなことになると知っていれば、世界じゅうのみんなが私利私欲の願いを棄て、平和なままの世界であって欲しいと天に祈っただろう。


 大きな鳥居の前に着いた。

 ここでも激しい戦闘が起こったのだろう。

 真っ赤な鳥居は大きく傾いている。少し振動が伝わるだけで全壊しそうだ。


 鳥居を潜り、境内へと歩を進める。

 一面に砂利が敷き詰められている境内は、爆弾が直撃したかのように何ヵ所も深く抉れていた。


 本殿の方に視線を移す。

 屋根瓦は半分ほど失われていて、壁にも複数の穴が開いて中が見える状態だった。それでも全壊まではいっておらず、神秘的な面影は残している。


「俺は中を調べる。ふたりは周りを頼む」

 トモヒコが階段を上がり、閉じられていた扉を開けて本殿の中に入って行く。それを見届けてから、僕とナナコは本殿の裏側へと回った。

 軋む音や風の音が聞こえる度に、僕はいちいち身体をびくっとさせていた。思わず、引き金に当てている人差し指に力が入る。


「肩に力が入りすぎよ」

 ナナコが僕の肩をぽんと叩いた。

「その状態で撃ったら、銃が暴れ馬みたいになるわよ」


 そう指摘されて、僕は肩の力を抜くように努めた。

 

「これまで五〇〇匹以上のエイリアンを駆除してる私が側に付いてるんだから、大船に乗った気でいなさい」

「そ、そんなに倒してるんだ。やっぱり凄いね、ナナコは」

「そんな私よりも多くエイリアンを駆除してるのが、彼なんだけどね」


 本殿の周りを調べ終えて、元の場所に戻ると、ナナコに彼と呼ばれたトモヒコがちょうど出てくるところだった。


「この中には何もなかった。そっちは?」

「こっちも同じよ。何もいない」

「やっぱり反応したのは犬か猫だったんだろう。保護してやりたいが、もうどっかに行ったみたいだな。先を目指すか」


 そう言って歩き始めたトモヒコだったが、ふっと足を止めた。

 トモヒコは、ある方向に目を向けている。その視線を追うと、大きな鈴に紅白の綱が垂れていて、その下には賽銭箱が置いてあった。


「なあ107番。お前は神を信じるか?」

 と、トモヒコは質問してきた。


 脈絡のない質問に、僕は戸惑う。

「え、神様? どうだろう……。いるかどうか、真剣に考えたことはないから、よくわからないよ」

「お前は、神頼みをしたことはないのか? この世界を人間が支配していた頃、正月に両親と一緒に神社に行ったことは?」

「それはあるよ」

「その時、賽銭箱に金を入れてお参りしただろう」

「うん」

「じゃあ、信じてるんじゃないのか?」

「でもそれは子供の頃の話だから」

「俺から言わせれば、今もお前は子供だけどな」

「…………」

「まあいい。俺が答えを教えてやろう」

「答え?」

「神がいるかいないかの答えだ」

「そんなこと知ってるの?」

「ああ、知ってる。この世に神は存在しない。それが答えだ」


 何でそんなことがわかるのだろう。そんな人知を超えたことを知る能力がAIにはあるのだろうか。


「何で、そう言えるの?」

「簡単な話だ。本当に神が実在するのなら、人間を助けるはずだ。しかし実際はどうだ? 俺たちと人間たちの立場が逆転しても、どれだけの数の人間がエイリアンに生きたまま喰われようと、神は救いの手を差し伸べない。この世界を創造したのが神なのであれば、人間たちを助けるはずだろう。それとも何か、人間がどんな悲惨な目に遭っても、神は見守るだけの存在なのか? 創るだけ創っておいて、あとは知らんぷりを決め込むのか?」

「それは、僕にはわからないよ」

「この宇宙も、惑星も、そして人間を含めた全ての生物は、自然に生まれたもの。過去から現在に至るまでのあらゆる事象を見て出した俺の答えだ。『なぜ神は人間を助けてくれないんだ』と嘆く人間には、こう言ってやることにしている。『神なんて存在しないからさ』って。――ナナコも俺の考えに賛成だろう?」


 そう振られたナナコは、首を横に振った。

「わからない。神は存在するかもしれない」


 途端にトモヒコは怪訝な表情になった。

「何を根拠にそんなこと言ってるんだ?」

「宇宙がどのようにして始まったのかは、まだ誰も知らない。真実がわからないのなら、神の存在も否定はできない」


 トモヒコは感心したような表情に変わった。

「へえぇ。ナナコってそういう考え方するんだ。へえええぇ。――じゃあな、神が存在したとしよう。なぜ人間を助けてやらないんだ? 世界の主から一転、奴隷にまで落ちぶれてしまった。自分が創った生物がそんなことになって、不憫だと思わないのかね? それとも、神は人間を特別扱いはしていないのか? 人間も微生物も同等だと?」

「神の思考は、私にはわからない。私は神じゃないから」

「まあ、そりゃそうだな」


 トモヒコは踵を返すと、賽銭箱の前に進み、中に手を突っ込んだ。再びこちらに戻ってくると、僕の手の平に硬貨を載せた。

「少しでも神を信じる気持ちがあるなら、昔のように願掛けしてみたらどうだ?」


 正直どちらでもよかったが、今の僕は藁にでも縋りたい気持ち。だから願掛けすることにした。賽銭箱に硬貨を入れて、手を合わせる。


(父親と陸が生きていますように)


「何を願ったのか知らないが、その願い事叶うといいな」

 と、トモヒコは真顔で言った。




 神社を離れてから、僕たちは三十キロ進んでいた。施設を出てからは、六十キロ進んだことになる。追跡装置が出している一つ目の信号までは、残り四十キロ。


 そのことが僕たち人間に伝えられると、車内に弛緩した空気が流れた。このままエイリアンに遭遇することなく、目的地に着いて欲しい。僕も含めて、みんながそう思ったことだろう。


 やがて前方にいくつもの高層ビルが見えてくる。一〇〇階建て以上と思われるビルもいくつかあった。ほとんどの建物は、壁が破壊されて中が剝き出しになっていた。今にも転落しそうな椅子や机があちこちに見えている。破壊された壁のコンクリートは、道の至るところに瓦礫の山を作りあげていた。

 僕たちの乗る空飛ぶ車両は、その瓦礫の山を通過し続ける。


「昔、この辺りには多くの人間が隠れていた。俺たちから身を隠したり戦ったりするのには有利な場所だからな」

 トモヒコがビル群を見上げながら話す。

「結構長いあいだ隠れていた人間もいたみたいだが、エイリアンが現れてからはあっという間に捕まってしまったようだ。俺たちは、人間を捕まえる際に手荒な真似は極力しないが、奴らは違う。奴らは生きた人間を食べることに執着しているが、裏を返せば、生きてさえいればどんな状態でもいいということになる。ここにも数十発のミサイルを撃ち込んで、隠れている人間を炙り出したみたいだ」


 その話を聞いて思ったのは、AIが反乱を起こした時、全ての人間が捕まったわけではなかったのだということ。逃げ切れた人たちもいたのだ。その中には、捕らわれた人たちを救出しようと、戦った人もいたかもしれない。

 しかし、エイリアンが現れた今となっては、AIと敵対するよりも協力した方がいい状況となってしまった。

 

 間もなくビル群を抜ける。

 このまま一気に陸がいる場所まで突き進んでくれ。

 そう願った時、僕の斜向かいに座っていた新型アンドロイドが突然立ち上がって叫んだ。


「ロケット弾感知! 五秒後に着弾!」


 ……えっ?

 言葉の意味を理解するよりも早く、爆発音と共に車両が激しく横転した。

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