♯8 急襲

 先ほどまで窓から見えていた景色は、土色の地面に変わっていた。割れた窓から、土埃が車内に入り込んでいる。

 せ返る臭いを嗅ぎながら、僕は新型アンドロイドの発した言葉を反芻した。


 ロケット弾を感知したという叫び。


 撃ったのは、考えるまでもなくエイリアンだろう。

 つまり、奴らには僕たちが見えている。見える範囲に、奴らがいる。

 自由に動ける奴らに対して、僕の乗った車両は横転している。

 もう次の瞬間には、窓を突き破ってエイリアンが襲ってくるかもしれない。


 状況を理解した瞬間、僕は極限の緊張感に包まれた。

 起き上がろうとしたが、手足が震えていてうまく立ち上がれない。

 と、その時、僕の視界に顔が入り込んできた。


「大丈夫?」

 そう訊ねてきたのはナナコだった。そこでようやく、彼女が僕に覆い被さっている状態であることを理解した。車両が横転した衝撃から、僕を守ってくれたのだ。

「僕を庇ってくれたの?」

「守るって約束したでしょう。どこか痛まない?」


 僕は横になった恰好のまま手足を動かしてみる。数本の指が痛んだが、動かせないほどではない。

「うん。大丈夫。ちゃんと戦えるよ」

「そう。無事で良かったわ」


「おい! のんびり会話してる場合じゃないぞ! 早く外に出て戦闘態勢を整えるんだ!」

 すでに車外に出ているトモヒコが、横転している車両のドアに座った恰好で、僕たちに向かって手を伸ばしている。


 その手を掴むと、トモヒコは片手で僕を持ち上げて外へ出してくれた。続いてナナコも出てくる。


 地面に降り立ち、辺りを見回す。僕の乗っていた車両だけではなく、他の二台も横転していた。そのうち一台は激しく出火している。

 ぱっと見、人間もアンドロイドも、出発した時と同じ数だった。とりあえず、今の攻撃で死んだり破壊されたりした者はいないようだ。

 

 突然、空間を切り裂くような咆哮がビルの間に木霊した。


 これまでに何度もホログラフィーで聞いている咆哮。

 しかし実際に耳にすると、そのおぞましさは数段上で、身体全体を震わせるほどの響きだった。


「前方を見ろ! 左右のビルの上にいるぞ!」


 トモヒコの叫びに反応して、全員がそちらに視線を向けた。


 ……いた。


 左のビルは十階辺りに、右のビルは二十階辺りに、剥き出しになっている室内に十匹程度のエイリアンがいた。全員、こちらを見下ろしている。


 僕が初めて直に見るエイリアン……。


 距離は離れているが、全員が顔にヘルメットのような防具を被っているとわかる。

 あの顔が隠れているのは、僕の精神的にはプラスだった。よほど戦いに慣れていないと、あの邪悪な顔を前にして平常心ではいられない。

 しかし手を伸ばせば触れられるほどの距離に近づけば、奴らはあの防具を脱ぐ。そして鋭い牙を人間に突き刺し喰らうのだ。


「全員撃て! 後退しながら撃ち続けろ!」

 トモヒコが左手を挙げて叫んだ。


 直後、上方にいるエイリアンたちに対して一斉射撃が始まった。緑色の光線が幕のように空間を埋め尽くしている中、転ばないようにゆっくりと後退しながら、僕も引き金を引き続ける。

 上空には味方のドローンもいて、より近い距離でエイリアンたちに向かってレーザー光線を連射し続けていた。

  

 しかし、それだけの攻撃を食らっても、エイリアンは一匹も倒れなかった。一匹、また一匹と、怒り狂ったような雄叫びを上げながら地面に着地し続けている。そしてそのまま、こちらに近づいてきていた。


 エイリアンの耐久力を理解していたとはいえ、そのタフネスぶりを目の当たりにすると、恐怖心は倍増した。

 鉄のように硬いではなく、鉄より硬いの間違いではないのか。


「おい! 何をしてる! 下がれと言っただろ!」

 トモヒコが誰かに向かって叫んでいる。


 見ると、最初の地点に二人が残っていて、そこに立ち止まったままレーザー銃を撃ち続けていた。先に地上に下りてきた二匹のエイリアンとの距離はどんどん縮まっている。


 エイリアンの接近に気づいていないのか、それとも恐怖心で足が動かないのか。


 一匹のエイリアンが、勢いよく頭部の防具を外した。

 猛獣のような顔が露わになる。

 もう一匹のエイリアンも防具を外した。

 猛禽類のような顔が出てくる。

 次の瞬間、二匹のエイリアンは同時に二人に襲い掛かっていた。


 一匹は頭部に噛み付き、もう一匹は顔面に噛り付いた。


 噛り付いたあと、エイリアンは音を立てながら咀嚼し始めた。

 もう、そこに二人の人間はいなかった。

 一人は鼻から上にあったものが失われ、もう一人は顔に付いていたものが失われていた。消失した部分から血が噴き出し、身体は激しく痙攣し続けている。


「弱点を曝け出したぞ! 奴らの頭に向かって撃ち続けろ!」

 再びトモヒコの叫び。


 一瞬、仲間の身体にレーザーが当たるのではと思ったが、もうそこにいるのは仲間ではないと思い直し、僕は引き金を引いた。

 仮に、あの状態でまだ意識があるのなら、一秒でも早く楽にしてあげた方がいい。


 どの部分に攻撃を受けても平然としていたエイリアンだったが、剥き出しになった顔にレーザーが当たると、明らかに効いた様子を見せた。咆哮も弱さを感じさせるものに変わっている。


 どんなに凶暴な強さを見せても、無敵ではない。生物である限り、必ず弱点はあるのだ。


 改めてその事実を理解すると、僕の引き金を引く指にも力が籠もった。

 レーザーを避けようと動き続ける二匹のエイリアンに対し、僕は一心不乱に撃ち続ける。


 レーザー銃を持つ両手に、手応えを感じた。

 そう思った直後、二匹のエイリアンの顔面に穴が開いたのがわかった。

 ふらふらとよろけるエイリアン。攻撃を受けながらも離さなかった死体が、地面にばたりと落ちた。エイリアンはまだ立っていたが、もはや虫の息といった感じ。

 

 いける! 倒せる!


 上空にいたドローンも地上に下りてきて、二匹のエイリアンの顔面に集中砲火を浴びせ始めた。


 バンッ! という破裂音とともに、二匹のエイリアンの顔がほぼ同時に弾け飛んだ。首から緑色の液体が噴出し、二匹の肉体は後方に倒れた。


 エイリアンを、倒した……。

 僕は大きく息を吐く。

 身体全体が震えていた。

 しかしその震えは恐怖心ではなく、ある種の達成感からくるものだった。


 僕一人では無理でも、トモヒコたちの指示どおりに動けば、倒せるのだ。みんなと力を合わせれば、エイリアンに勝てる!

 僕の中に自信が広がっていく。

 この調子で残りのエイリアンたちも倒して陸の元に向かうんだ。


 そう意気込んだ僕の耳に、トモヒコの声が聞こえてきた。

「107番! 上だ! 狙われてるぞ!」


 反射的に顔を上げると、エイリアンがビルの壁に引っ付くようにして留まっていた。

 僕と視線が合う。

 瞬間、エイリアンは防具を外し、耳を劈く咆哮とともに僕に飛び掛かってきた――。

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