♯9 ビルの中の攻防(1)

 銃を撃たないと殺される。

 そう頭では理解していても、引き金に触れていた僕の人差し指はぴくりとも動かなかった。口を大きく開けて迫りくるエイリアンに対して、僕の身体は硬直していた。


 喰われる――。


 覚悟した瞬間、眼前にまで迫っていたエイリアンが凄まじい衝撃音とともに僕の視界から消えた。


 隣に気配を感じて振り向くと、ナナコが立っていた。

 僕は理解した。ナナコがエイリアンに飛び蹴りして助けてくれたのだと。

 ナナコは倒れたエイリアンの元に駆け寄ると、起き上がれないように右脚で胸を鋭く踏みつけた。エイリアンは怒り狂ったような雄叫びを上げながら起き上がろうとするが、ナナコの脚がそれを阻止している。


 白衣の下から出ている白く細い脚は、もちろん人間のソレとは違う。獰猛なパワーを持つエイリアンでさえ抗い切れないほどの力がそこに宿っている。


 その体勢のまま、ナナコは両手に持ったレーザー銃を連射し始めた。エイリアンの顔面にレーザーが直撃し続ける。

 

 陸に上げられた魚のように、手足をばたつかせるエイリアンだったが、その動きも声も次第に弱々しいものへと変わっていき、やがて動かなくなった。焦げ臭い煙が立ち上っているその顔面には、大きな穴が開いていた。


 ナナコが踵を返し、僕の元に戻ってくる。

「何してるの。あいつに喰われるところだったわよ」

 そう言ったナナコの表情は、少し怒っているようにも見える。僕が初めて目にする顔だった。


「ごめん。頭では撃たないと殺されるってわかってたんだけど、身体が固まって指一本動かせなかった」

「毎回私が助けられる距離にいるとは限らない。次からはきちんと撃って。大切な人たちを連れて、生きて帰るんでしょう? 母親にそう約束したでしょう?」

「うん。次は必ず撃つよ。助けてくれてありがとう、ナナコ」


「おいっ! ナナコと107番! 反省会は後にしろ! クソどもはまだ七匹残ってるぞ!」


 トモヒコの叫び声に反応して視線をそちらに向けると、地面に降り立った七匹のエイリアンが少しずつこちらに近寄ってきていた。

 すでに仲間が三匹やられたからか、近くに人間がいても頭部を守っている防具を外そうとはしない。今は生存本能の方が上回っているようだ。


「全員よく聞け。ここで戦うのは分が悪い。四組に分かれて近くのビルに入れ。内部の構造を上手く利用して戦うんだ。――ナナコ、107番を頼んだぞ!」

 最後にそう言葉を投げて、トモヒコは傾いているビルの中へ仲間とともに駆け込んで行った。


「私たちも行くわよ。付いてきて」

 ナナコは僕の手首を掴み、近くのビルへ走り出す。後ろを確認すると、三体の新型アンドロイドが付いてくるだけで、人間は僕ひとりだった。

 

「こういった障害物の多い場所での戦いは、こちらが有利になる。奴らの嗅覚は鋭いけれど、それだけでは正確な位置は特定できない。逆に私たちは、レーダーで奴らの正確な位置を知ることができる」 

 ナナコは階段を上りながらそう説明してくれた。

「奴らがこのビルに入ってきた時、あなたの匂いを嗅いで上階にいるということはわかっても、階数までは当てられない。反対に私たちは奴らが何階にいるのかを把握できる。だから階数のある建物内での戦いは、私たちに有利に働くの」


 よく理解できる話だった。

 そしてこれからナナコが何をしようとしているのかも、直感した。


「僕をどこかの階に留まらせて、匂いに釣られて上がってきたエイリアンを待ち伏せするんだね?」


 ナナコは少し驚いた表情をつくったあと、悲しそうな微笑みを浮かべた。

「あなたを囮にするようなやり方で、申し訳ないとは思うんだけどね……」

「全然、そんなこと思わないよ。そのやり方が一番、エイリアンを殺せる可能性は高いだろうし」


 なぜ、AIが、僕たち人間をエイリアン討伐に連れていくか。その最大の理由がだった。


 エイリアンは何よりも、人間を食べることを最優先にしている。先ほどのように、銃で狙われているとわかっていながらも、急所の頭部を守る防具を外してまで食べようとする。強烈な食欲に抗えないのだ。

 しかしもし、その場に人間がおらずアンドロイドだけだったら、エイリアンは絶対に防具を外さないし、威力の高い武器や兵器をどんどん使ってくると聞いている。


 人間が側にいるかどうかで、戦い方が全く違ってくるし、アンドロイドのも大きく変わってくるというわけだ。


 捕らわれた人間たちを助け出そうとするのも、戦場に連れていく人間がいなくなると困るから、というのが理由の一つ。決して、捕らわれた人間が可哀想だからという理由で助けにいくわけではない。


 トモヒコやナナコから聞いた話では、エイリアンは核兵器に匹敵する威力の兵器を所持しているらしい。もしこの世界から人間がいなくなれば、その兵器を使用するかもしれない。

 だから、AIは、多くのが犠牲になってでも人間を守らなければいけないのだ。


 人間は囮。

 その事実を知った時、嫌だなとか、悲しいなと思うこともあった。

 でも、今日初めて人間がエイリアンに食べられる光景を直に見て、そういう扱われ方でいいと思った。

 自由がなくとも、AIに支配されている世界の方がずっといい。エイリアンに勝たせてしまったら、真の意味で世界は終わる。


 僕の返答を聞いたナナコは、悲しそうな微笑みから一転、力強い表情へと変わった。

「あなたがそう言ってくれると、私も戦術を立てやすくなる。必ず生きてここを出るわよ」

「うん」


 僕たちは階段を駆け上がり続ける。呼吸は荒くなっていたが、止まっている余裕はない。僕は必死にナナコに付いていく。

 ナナコによると、このビルは六十階建てとのこと。

 全ての階が荒らされていたが、損傷は少なく、人間が働いていた頃の名残が所々に感じられた。


「ここで待ち伏せしましょう」

 そう言って、ナナコは二十五階で足を止めた。

「これ以上、上の階に行くと、奴らの嗅覚でも捉えきれなくなるからね。近すぎず、遠すぎず、この辺りが最適な階数と言える」


 その階にある部屋を一通り見て回ったあと、ナナコは一番広いフロアに僕を立たせた。それから三体の新型アンドロイドに指示を出す。

「あなたたちは下の階に罠を仕掛けてきて。仕掛け終えたら連絡して」 

 三体の新型アンドロイドは、わかったと返事をしてその場を離れた。


「罠って、どんなものを仕掛けるの?」

「熱に反応して爆発するタイプのものよ。奴らを木端微塵にするほどのものだと私たちも吹き飛んでしまうから、そこまで威力の高いものではないわ。狙いは、奴らの頭部を守っている防具を損傷させることにある。うまくいけば、防具自体が頭から外れることもあるけれど、いずれにしても、爆発によって露わになった頭部を攻撃して殺すという戦い方。さっきのような開けた場所でも使えないことはないけれど、奴らにも学習能力はあるからね。見える場所に爆弾を仕掛けても、見破られて避けられてしまう。でもこういった狭い場所だと、罠を見破るのは困難だし、避けようもないから百発百中というわけ」


 なるほどと、僕は頷いた。

 上手い戦い方だ。

 これまで数百匹のエイリアンを殺してきたというナナコの凄みを、改めて感じた。


「罠を張り終えたみたい。彼らと交信するからちょっと待っててね」

 そう言ってナナコは口を閉じた。

 宙を見つめる青い瞳が点滅し始める。

 新型アンドロイドの場合は、他のAIと交信する時に外見に違いは表れないが、旧型アンドロイドの場合は、こんな風に瞳が青く点滅する仕組みになっている。


 そんなナナコを見ながら、僕は先ほどの出来事を振り返る。

 さっき、僕の側に居たのが新型アンドロイドだったなら、果たしてナナコと同じように助けてくれただろうか。

 レーザー銃は撃っただろうが、ナナコみたいに身体を張った行動は取らなかったかもしれない。事実、エイリアンに食べられてしまった二人を、新型アンドロイドは身を挺してまでは助けようとしなかった。

 ナナコが近くに居てくれたから、僕の命は助かったのだ。


 改めて思う。

 やはりナナコやトモヒコのような旧型アンドロイドは、新型とは違うと。

 先日、トモヒコが新型アンドロイドに言っていた言葉を思い出す。


『俺はお前たちと違って情があるんだ』


 本当に、彼らには、人間に対して情があるのではないか。そう思い始めていた。

 人間の感情とは違うにしても、それに近い何かが備わっているのではないか。自我がどうとか、そういった難しいことはわからないが、ナナコとトモヒコに対して、僕は一層の温かみを感じていた。

 特に、ナナコには……。


 そんな風に思いを巡らせていると、階下から複数の咆哮が聞こえてきた。壁や床が揺れたのではないかと思わせるほどの大音声。怒りか、それとも人間を喰いたいという欲求からくる叫びか。


 やがて交信を終えたナナコが口を開く。

「爆弾の設置が終わったわ。奴らが上がってくるのを待ちましょう」


 僕は生唾をごくりと飲み込んだ。

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