♯4 決意

「ダメよ! そんなの!」


 僕がトモヒコに思いを伝えた直後、母親が絶叫した。

 周りの人たちが一斉に振り向き、アンドロイドも走ってやってくる。母親の前で立ち止まると、「大声を出すな」とレーザー銃で小突こうとした。

 瞬間、トモヒコがその腕を掴んだ。


「そのくらいの叫びは許してやれ。叫びたくなるような状況だからな、今は」

「叫びたくなるような状況とは何だ?」

のないお前には言ってもわからないさ」

 そう言ってトモヒコはケラケラと笑った。


 まるで自分には情があるというような言い方だったが、トモヒコが言うと妙な説得力があった。


 納得したのか、していないのか、僕には判断がつかなかったが、新型アンドロイドはそれ以上は何も言わず巡回に戻って行った。


 こんな風に、トモヒコたちに助けてもらったことは一度や二度ではない。僕だけではなく、他の人たちも何度も助けられている。

 情の有無はさておき、トモヒコとナナコが、新型アンドロイドよりも僕たち人間を大切に扱ってくれていることは間違いなかった。


 母親が僕の手をぎゅっと握った。

「外の世界がどんなに危険か、聞いて知っているでしょう」

「十分理解してるよ。でも、二人の状況を聞いた今、いつもどおり作業するなんてできないよ。少しでも力になれるのなら、僕も外に出たい」

「話に聞くだけのエイリアンと、実際に目にするエイリアンは違う。一度も戦ったことのないあなたが、討伐隊メンバーのように戦えるとは思えない」

「僕一人だったら、まともに動けないと思うよ。間近でエイリアンを見たら、ぶるぶる震えて銃の引き金も引けないかもしれない。でも、僕一人で戦うわけじゃない。トモヒコやナナコも一緒だから大丈夫だよ」

「あのお、お取込み中のところ申し訳ないんですが……」


 振り向くと、トモヒコが苦笑いを浮かべて僕の肩に手を置いていた。


「行く気満々になってるところ悪いが、お前はエイリアン討伐隊のメンバーに選ばれたわけじゃないぞ」

「今回、討伐隊のメンバーは、かなり殺されたり連れ去られたりしたんでしょう?」

「ああ、被害は甚大だ。俺の責任も少なからずある」

「今ここにいる人の中で、適正検査に合格した人ってあと何人いるの?」


 トモヒコは作業場をぐるりと見渡し、十秒ほどして僕に顔を戻した。


「全部で十二人だな。しかしそのうち五人は重傷で戦えない状態だから、実質七人だ」

「それで足りるの? いつも十人以上は連れて行ってるよね?」

「うむ。確かに足りないな。エイリアンとの戦いにおいて、人間はだからな。七人だと心許ない」

「それなら、僕も戦力になれるよね?」

「でもお前、直近の適正検査は不合格だっただろう。体力測定は問題なかったが、射撃テストは不合格だったはずだ」

「でも僕は、適正検査で不合格だった人の中では、一番高得点だったんだ」


 僕がそう言うと、トモヒコは腹を抱えて笑い出した。


「不合格者の中では一番高得点って、何かギャグみたいだな。バカグループの中では天才とか、ブスグループの中では美人とか、そんな感じ。ヤバい、に入った。ギャハハハハハ」


 僕はトモヒコが笑い終わるのを待った。

 十秒ほど経ってトモヒコは真顔に戻った。


「なるほど。今お前の適正検査の結果を見たが、確かにギリギリ不合格だったんだな。身体能力はなかなかのものだ。しかし、射撃の点数が低い。目を瞑って撃ってるのかってくらい、酷い」

「射撃なんて、慣れでしょ。外に出て、エイリアンをたくさん撃っていれば、どんどん上達していくよ」


 トモヒコは腕組みをしてうんうんと頷いた。


「ああ、それは正論だな。俺たちと違って、最初から射撃能力の高い人間なんて極僅かだ。しかし最初は下手でも、経験を積んでいけば、俺たちと遜色ないほどの射撃能力を身につける人間もいる。人間は学習することで、能力を向上させていく生き物だからな」

「僕もきっと向上させられるよ」

「まあ、お前は175番の息子だからな。俺が知る限り、175番の射撃能力は人間の中では一番だ。お前も実戦経験を積めば、素晴らしい戦士になる可能性がある」

「じゃあ、僕も連れて行ってほしい」

「うーむ。しかしお前は戦闘経験ゼロの子供だからな。無限の可能性を秘めているかもしれないが、子供なのには変わりない」

「子供や大人って、対エイリアンで関係あるの?」

「関係あるかないかと言われれば、あるような、ないような」

「僕は確かに戦闘経験ゼロの子供だよ。でも、ゼロが一になるためには、一歩前に進まないといけない。立ち止まってたら、ずっとゼロのままだ」

「お、おおぉ……」


 トモヒコは目を大きく見開き、驚きの表情で僕を見ている。


「今の台詞、カッコいいぞ107番。一歩前に進まないとゼロは一にならない。そうだよ、そのとおりだ。俺は感動したぞ」

「それで、僕を討伐隊のメンバーに選んでくれるの?」

「うーん、お前の言ってることは正論なんだが、でもやっぱり子供だしなあ。子供が死ぬのは見たくないんだよなあ」

「僕が殺されるの前提なのかよ」

「おお、なかなかいいツッコミだぞ107番」


 それまでじっと黙って僕たちのやりとりを見ていたナナコが、すっと前に出てきた。


「ここまで固い決意なんだから、連れて行きましょう。この子の言うとおり、最初の一歩を踏み出せば、きっと戦力になってくれるわ」

「うーん、そうだなあ、そうなんだけど、大丈夫かなあ……」

「どんなに適正検査で高得点を取っても、行く気のない人間を連れて行っても戦力にはならない。射撃能力と同じくらい、エイリアンに対して物怖じしない気概も大切な要素よ」

「確かにそうだな。そのとおりなんだけど、うーん……」

「当てもなく捜すわけじゃない。追跡装置が発している信号の場所まで行けばいいだけなんだから、今度はこっちが不意打ちをかける番よ。危険はぐっと減るわ」


 それまで黙って聞いていた母親が、久しぶりに口を開く。

「でも、どれだけ有利に戦うことができても、死者が一人も出ないとは限らないわよね?」

「ええ。この子を無事に戻すって、安易に約束はできないわ。未来のことは、私たちにもわからない。でも、あなたが何を言っても、この子の決意は変わらないと思うわよ」


 母親は僕をじっと見る。

 僕の決然とした目を見て悟ったのか、僕の腕を握る母親の手が緩んだ。

 母親が僕を心配する気持ちは痛いほどわかる。もし逆の立場なら、僕も止めるかもしれない。でも、父親と陸の命を、AIと他の人たちに託したくはなかった。

 

「よし。いいだろう。お前の心意気を買って、討伐隊のメンバーに入れてやる」

 トモヒコが僕の肩に手を置き、にこりと笑った。

「ありがとう」

「でもな、107番。世の中、気持ちが強いだけじゃどうにもならないことがある。まあ度胸も大事だが、エイリアンとの戦いにおいて最も大事なのは正確な射撃の腕だ」

「うん」

「明朝の出発まで、あまり時間はない。それまで射撃場で腕を磨くんだ。俺は他に使えそうな人間を見つけてくる。ナナコ、あとは頼んだぞ」


 そう言い置き、トモヒコは去って行く。

 母親の僕を見送る目は、不安極まるものだった。

 その視線を背に、僕はナナコに連れられ射撃場へと向かう。

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