♯3 ナナコとトモヒコ

 昼食の時間になったので、食糧の置いてある場所へ進む。

 外から戻ってきた人たちは、僕たちと一緒に食事を取ることもあるので、ゆっくりと辺りを見回してみた。


 しかし父親や陸の姿は見当たらない。僕が覚えている他の討伐隊のメンバーの顔も探してみたが、見つけることはできなかった。

 僕は四つの食べ物を手に取って、母親の元に向かった。


 長椅子に座っている母親の前に、二体のアンドロイドが立っていた。


 とは、僕がここに連れて来られた時からの仲だった。

 AIが作った新型アンドロイドは、判を押したような応答しかしないが、人間が作った旧型のアンドロイドは受け答えにも味わいがあった。個性という言い方をしてもいいかもしれない。

 特に、今目の前にいる男型のアンドロイドと女型のアンドロイドは、一際強い個性を放っていた。

 元々ここにはなかったたくさんの本を、僕たちのために国会図書館から持ってきてくれたのも、彼らだった。


 僕に気づいた二体のアンドロイドが、同時にこちらに振り向いた。

 男のアンドロイドの方が右手を挙げてにこりと笑った。

 新型アンドロイドだと絶対に見せない笑顔。いつ見てもその柔和な笑みに不自然さはなく、喜怒哀楽の感情をよく表に出すアンドロイドだった。

 表情豊かな彼の名前は、トモヒコという。


「おお、107番。久しぶりだな」

「久しぶりだね、トモヒコ」

「お前、しばらく見ないうちに、身長がめちゃくちゃ伸びたな」

「え、そうかな。計ってないからわからないけど」

「最後に見た時は、このくらいの大きさだったのに」


 そう言ってトモヒコは、人差し指と親指で豆粒くらいの大きさを示した。

 彼の言葉を真に受けた僕がバカだった。これが、トモヒコなのだ。

 トモヒコは、お笑い芸人アンドロイドとして作られており、世界がこうなる前はテレビによく出ていて、人間の芸人以上に笑いを取るアンドロイドとして有名だった。のべつ幕なしに喋るのが特徴で、今のように下らないジョークをよく口にしていた。


「母親のお腹の中にいた時でさえ、僕はそんなに小さくなかったよ」

 僕が真顔で返すと、トモヒコは声を上げて笑った。

「ギャハハハ。なかなか良い返し方をするじゃないか、107番。やっぱりお前は他の人間よりも頭が柔軟だな」


 お喋り好きのトモヒコは、人間と話すのが大好きなようだった。人間を笑わせることを第一として作られたアンドロイドなわけだから、そういう行動を取るのは自然なことなのかもしれない。


 ただ、ここに連れて来られた多くの人間は、トモヒコの話を聞いても笑わなかった。

 新型アンドロイドに比べれば、質問に答えてくれたり注文を聞いてくれたりするが、決して僕たちの味方ではない。トモヒコが人間を呼ぶ時は、新型アンドロイドと同じく番号で呼ぶ。どれだけ親密になっても、名前で呼ぶことはない。その言動に優しさを感じても、結局は人間を奴隷として扱う側の存在。だからトモヒコが面白い話をしても、ほとんどの人は笑わない。


 でも、僕はトモヒコとお喋りするのは楽しかった。両親や陸との会話の内容は制限されているが、トモヒコと話す時は、その制限がかなり緩和される。ここに連れて来られた時は十歳だったということもあり、話術に長けた彼の話で僕はよく笑っていた。彼も人間と、特に子供と話すのが好きなようで、ここにいる時は僕と陸によく話し掛けてきていた。


 確かに、トモヒコは人間の味方ではない。でも、新型アンドロイドでは絶対に教えてくれないことも、トモヒコなら話してくれることがある。だから僕は父親と陸の状況を訊いてみた。

「ねえ、トモヒコ。僕の父親……175番と113番は、今どこにいるの? 部屋で眠ってるとか?」


 僕の質問に、トモヒコはをつくった。

 表情豊かなトモヒコだが、その顔を見るのは初めてのこと。

 嫌な予感が、僕を包んだ。

 トモヒコでも、教えてくれないのか……。


 少し間を置いて、トモヒコは口を開いた。

「今その話を189番としていたんだがな――」

 189番は僕の母親の番号。

「実は、175番と113番の二人とも、俺たちとはぐれちまったんだ」

「えっ……はぐれた……」

 言葉の意味はわかっても、現実を受け止めるまでに時間がかかった。


 僕の視線は無意識に母親の方を見ていた。母親も顔じゅうに不安の色を浮かべていた。

 言葉を返せない僕に対して、トモヒコは経緯を話し始めた。


「今回もエイリアンのクソ野郎どもを殺しまくったんだよ。殺して、殺して、休憩を入れずにまた殺した。何十匹殺したかわからないくらい血祭りにあげてやったよ。今回はアンドロイドにも人間側にも、死者が出ていなくてな。完璧な狩りを続けられていた。本来なら戻るタイミングだったが、あまりにも順調だったんで、もう少し先に進もうってことになったんだ。その選択が間違いの元だった。好事魔多しってやつだな。調子が良すぎて油断してたのか、奴らの待ち伏せに気づかなくてな。結果、大勢に囲まれて、あっという間に劣勢に追い込まれてしまった。俺とナナコは、何とか生き延びることができたんだが、113番はエイリアンに連れ去られてしまった。それを見た175番は、一人で車に乗ってエイリアンたちを追いかけて行ってしまったんだ。助けてやりたかったが、弾薬も尽きかけていたし、俺たちのも限界に近づいていてな。ここに一度戻らざるを得なかったんだ」


 陸が、エイリアンに連れ去られてしまった……。

 父親が、陸を救出しに追いかけていった……。

 頭の整理が追いつかなかった。脳内で糸がぐちゃぐちゃに絡まっている。


「あの、夫は……175番はどうなるのでしょうか?」

 顔面蒼白の母親が、精一杯という感じで言葉を発した。


「気休めにしかならないかもしれないけど――」

 そう切り出したのは、もう一体の女型アンドロイド、ナナコだった。


 ナナコはトモヒコと違って、とてもクールだった。

 彼女は、医師アンドロイドとして活動していたらしく、アンドロイドとして初めて、単独での手術に成功した実績があるようだった。

 医師という設定が影響しているからか、口数は多くない。必要最小限の言葉で伝えるという感じ。


 でも、トモヒコと同じように、質問すれば大抵のことは答えてくれたし、ある程度の要求にも応えてくれていた。


 僕たちに与えられる食べ物の種類は、今もそこまで多くはないが、以前はもっと少なかった。

『もう少し食べ物の種類を増やして欲しい』

 そんなお願いをナナコにした結果、現在の種類まで増えたという経緯があった。出される日数は少ないが、たまにおにぎりや麺類、デザートが食べられるのも、ナナコのおかげだった。


 昔の名残なのか、ナナコはいつも白衣を着ていた。エイリアンたちと戦う時も、白衣姿だと父親から聞いている。黒く長い髪が、白衣によく映えている。


「態勢を立て直し次第、そのエイリアンたちを追うことになっているわ。人間たちを連れ去った二機の機体に追跡装置を付けておいたから、アジトを発見できる可能性がある」


 ナナコの説明を聞いて、頭の中でこんがらがっていた糸が少しだけほぐれていた。

 エイリアンに連れ去られた陸を、救い出すチャンスがある。その過程で、父親も見つけられるかもしれない。


「いつ出発するの?」

 と僕が訊ねると、

「明日の朝だ。本当は今すぐ行きたいが、俺たちも準備しないといけないからな」

 とトモヒコが答えた。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「何だ? 107番のお願いなら大抵のことは聞いてやるぞ」

「僕も、エイリアン討伐隊に入れて欲しい」

 と、僕は言った。

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