♯2 帰還

 代り映えのしない毎日。

 退屈という気持ちは、とっくに失われている。

 それでも、生きていたいから、誰もAIには逆らわない。エイリアンに生きたまま食べられるよりはいいと、自分を納得させている。

 僕と両親、親友の陸が無事なら、それでいい。

 

 父親と陸が外に出てから、僕は十回の眠りに就いていた。

 一回眠るごとに一日が終わったと仮定するなら、父親たちが外に出てから十日経ったことになる。

 過去、ここまで長く戻って来なかったことはない。 

 果たして父親と陸は無事なのか。

 衝動は膨らみ続け、もう抑えることはできなかった。

 答えを訊かずにはいられない。

 昼食時。僕は二人の現状を訊くために、アンドロイドの元に歩み寄った。


「あの、すみません。訊きたいことがあるのですが」

「何だ」

「エイリアン討伐に向かった113番と175番は、無事なのでしょうか?」

 113番が陸で、175番が父親。


 アンドロイドは、僕をじっと見たまま、すぐには口を開かなかった。

 その反応を見て、僕は戸惑った。

 誰が質問しても、アンドロイドはいつも即座に返答していた。質問内容を予測していたかのように、瞬時に。


 しかし今回初めて、答えるまでに間があった。

 すぐ答えないということに対して、何か意味があるのだろうか。

 無機質なアンドロイドの顔に表情などないので、見た目から判断することはできない。


 二十秒ほどして、アンドロイドの口が開かれた。

「お前に答える必要はない。去れ」


 僕は心の中で大きな溜息を吐いた。

 ほんの少しでも期待した僕がバカだった。

 母親のところに戻り、父親たちの状況を教えてもらえなかったことを告げると、母親も落胆していた。




 昼食後の作業が始まる。

 いつもなら、この時間帯は睡魔が襲ってくるのだが、今日は違った。僕の脳裏には、先ほどのアンドロイドの姿が浮かんでいた。

 あのアンドロイドは、僕の質問に対して二十秒ほど考えた。これまでに比べると、長考と言っていい。


 ふと思った。

 結果的に、僕に教えないという判断を下したわけだが、その答えはあのアンドロイド自身で出したものなのだろうか、と。それとも、別のAIに、そう答えるように指示されたのだろうか。


 仮に、他の全てのAIに命令を下す存在がいるとしたなら、俗っぽい言い方をすると、そのAIはボスということになるのだろうか。世界がこうなってしまったのも、そのAIが反乱を企てた結果。その可能性は、どのくらいあるのだろうか。

 

 今の僕に真実を見つけ出すことはできないが、もし全てのAIを束ねる存在がいるとするのなら、僕たち人間に一切の情報を与えないというのは、理解できる気がした。

 僕みたいなちっぽけな存在が真実を知ったところで影響はないだろうが、たとえばAIを熟知している人間が知れば、倒す術を見つけるかもしれない。情報を与えすぎれば、ボスがどこにいるかバレる恐れもある。そうなったら、人間がそこに攻撃を仕掛けることだって可能だ。

 人間の逆襲を警戒しているから、僕たちに情報を与えない。

 僕の妄想だろうか……。




 父親と陸が外に出てから、十四回目の目覚め。

 作業場に着くと、僕は隅の方に視線を向けた。いつも僕たちが昼食と夕食を取るところ。以前、作業場に着くと、隅の方で父親と陸が食事を取っていたことがあった。僕たちが寝ている時に帰還したようで、美味しそうに食事を取っていた。


 あの日のように、また僕が眠っている時に帰ってきていないかと、作業場を見渡してみたが、二人の姿を見つけることはできなかった。僕は暗澹たる気持ちで作業を開始する。


 父さん……。

 陸……。

 考えまいとしても、どうしても嫌な想像が脳裏を過ぎってしまう。

 あの日モニターで見たエイリアンが、父さんと陸を襲う光景。生きたまま喰われる光景。頭をぶんぶんと横に振って、悪夢を掻き消そうとしても、残像がこびりついて離れない。


 不意に腕を叩かれた。

 振り返ると、アンドロイドが立っていた。


「107番。使える部品を何度も取り逃してるぞ。作業に集中しろ」

「あ、はい。すみません」


 僕が謝ると、アンドロイドは巡回に戻っていった。

 ほんの少しの異変も見逃さない。

 このままAIが進化し続ければ、人間の思考も読み取れるようになるのではないか。そうなったら、会話が制限されるだけではなく、思考も制限されるようになるかもしれない。

 考えることも制限されてしまったら、それはもう機械と同じ。もはや人間とは呼べないだろう。


 視線を手元に戻そうとした時、二階の外廊下を歩く二体のアンドロイドの姿が目に留まった。

 思わず、「あっ」という呟きが漏れた。


 遠目には人間にしか見えないが、あの二体は人間とそっくりな旧型のアンドロイド。

 二体とも、エイリアン討伐のメンバーで、毎回父親や陸と一緒に外に出ていた。その二体が、戻ってきている。


 鼓動の高鳴りが一気に限界にまで達した。

 どうか僕の心配は杞憂であってほしい。

 いつもより帰りが遅くなったのは、車両が壊れたとか、遠くまで行きすぎて帰るのに時間がかかっただけとか、そういうことであってくれ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る