プロローグ(2)
アンドロイドに連れて来られたところが、いったいどこにあるのか、どのくらいの広さなのか、何もわからない。
わかっているのは、数百人、あるいはそれ以上の人たちが同じ建物内で生活しているということ。
いや、生活しているという表現は適切ではないかもしれない。大人は毎日強制労働させられて眠るだけの日々。奴隷と同じ。
一方、子供たちは≪人間が如何に愚かなのか≫ということを、授業のような形式で受けさせられていた。
一時限目は『人間のエゴのせいで自然が破壊された』
二時限目は『人間の食欲のせいで動物の命が多く奪われた』
三時限目は『人間が存在することによって多くの生物が絶滅した』
僕も、労働ができる大きさになるまで、そのような話を延々と聞かされ続けた。
要は、人間は悪で、世界がこんな風になってしまったのは人間側に原因がある、ということらしい。
世界の覇権をAIが握ったことで、自然の破壊は止められ、動物たちも怯えて過ごさなくてよくなった、ということも強調して話していた。
僕たちに、外の情報はほとんど与えられない。
だから現在世界がどんな風になっているのか、何もわからない状態。AIが完全に世界を支配したのか、それとも抵抗している国があるのか、何ひとつわからないまま時間は経過している。
与えられないのは情報だけではない。
時計も取り上げられているので、拘束されてから現在まで、どのくらいの歳月が経っているのかわからない。三年くらいかもしれないし、五年以上経っているかもしれない。
AIに奪われたものは他にもある。
名前もそのうちの一つ。
人間同士で会話することは許可されているが、誰かを名前で呼ぶのは禁止されていた。名前の代わりに、僕たちには番号が付けられている。誰かを呼ぶ時や、アンドロイドに呼ばれる時は、囚人のように番号で呼ばれる。ちなみに僕は107番だ。
今も時々考える。なぜこんなことになってしまったのかと。きっと多くの人たちが同じ思いだろう。
ほんの数年前までは、僕たち人間がAIに命令していたのに、今ではAIに命令されて人間たちが労働させられている。
拘束された当初は、AIに抵抗する人間が助け出してくれるかもしれないという淡い期待を持っていたが、時間の経過とともにその思いも薄まっていった。
これから死ぬまでこんな奴隷生活が続くのかと思うと、毎日が憂鬱だった。食事の味もしなかったし、見る夢は全て悪夢だった。
ただ、こんな自由のない生活の方がマシだと思えるような邪悪な存在が、ある日突然現れた。
その日、いつものように作業をしていると、アンドロイドが全員モニターの前に集まれと命令した。
モニターには、空に浮かぶ何かが映っていた。よく見ると、円盤の形をしていたが、僕はソレが何なのかわからなかった。飛行機ではないし、空飛ぶ車にしては大きすぎる。
そんな時、近くに立っていた大人たちが異口同音に言った。『あれは宇宙船だ』と。
宇宙船――。
その単語を聞いて、記憶の箱が開いた。
子供の頃に、異星人が宇宙船に乗って地球にやってくる映画を観たことがある。その映画の中で描かれていた宇宙船も、巨大な円盤型だった。
モニターに映る巨大な宇宙船は、時間の経過とともに、やがて数え切れないほどに
増えていった。
円盤型の宇宙船の下方から、淡い光が一筋、地上に放出された。その光の中に、物体があった。人の形をしているように見える。
地上に降り立ったソレに、カメラがズームする。
人の形をしているソレは、腕と足の数は人間と同じだったが、顔は獣のようだった。系統としては、狼に近い顔立ちだが、瞳は真っ黒で、牙は口からはみ出るほど大きく鋭かった。一目見て、邪悪だとわかる容貌。
最初に降りてきたエイリアンが、上空の宇宙船に向けて手を伸ばした。すると、無数の宇宙船から続々とエイリアンが降下してきた。
最初に降り立ったエイリアンと違って、奴らの顔立ちは様々だった。鳥みたいな顔の者もいれば、魚のような顔をした者もいる。
共通しているのは、瞳の色が真っ黒で、身体は濃い緑色ということ。全員、邪悪のオーラを纏っていた。
エイリアンを見た人たちの反応は様々だったが、パニックになって我を失う、というような人は一人もいなかった。
AIに支配される前の世界で、エイリアンを目撃していたなら、きっと世界じゅうがパニックになっていただろう。
でも、僕たちは、すでにその体験をしていた。
恐怖に慄き、記憶を失うほどの体験を。
長いあいだの奴隷生活で、喜怒哀楽の感情が薄まっているという点も、エイリアンを見てもそこまで驚きの感情が出なかった理由の一つだろう。
後日。アンドロイドからエイリアンについての説明を受けた。
『奴らは、そこに住む生物を食べるためだけに惑星を襲っている。食糧となる生物がいなくなると別の惑星へ向かう。今回は地球が標的にされたというわけだ。どんな動物でも食べるようだが、どうやら≪生きている人間≫が大好物のようで、人間を襲う時は死なないように手加減して攻撃してくることがわかっている。恐らく、死体と生きている人間とでは、味が違うのだろう。すでに多くの施設が襲われていて、被害は甚大だ。奴らは数が多く、身体能力も高い。扱う武器も強力だ。我々だけでは手に余る。よって、お前たちの中から《エイリアン討伐隊》の選抜を行う』
警察官だった僕の父親は、体力測定や射撃のテストで一番の記録を出し、エイリアン討伐隊に選ばれた。僕と母親の心情としては、選ばれてしまったという言い方の方が正しい。
一度外に出ると、しばらくは帰ってこない。僕と母親は毎日、無事に帰ってくるように祈る日々。父親が五体満足で戻ってくる度に、僕と母親は安堵の胸を撫で下ろしている。
父親から聞くエイリアンの話は、どれもおぞましかった。
AIから説明を受けたとおり、奴らは生きている人間を食べることに執着していた。中には、一気に食べると勿体ないと思っている奴もいるようで、腕や足を一本ずつ食べるとか、死なないように頭部や心臓は最後まで残しておくとか、想像するだけで総毛立つ話ばかりだった。
無闇に人を殺さないという一点においては、エイリアンよりもAIの方が人間に優しい存在と言えた。邪悪さはエイリアンの方が群を抜いている。
邪悪といえば、もう一つ。
外の世界には、いつの頃からか、エイリアンとは別の何かが暴れ回っているという話を聞いていた。その何かは、アンドロイドも、エイリアンも、そして人間も、全てを破壊しているらしかった。
アンドロイドの目には、カメラ機能が備わっているようだったが、破壊される瞬間まで、そこには何も映っていないという話も聞いていた。
背後から攻撃されているから映っていないのか、それとも撮影できないほど速いスピードで動いているのか、真相はまだわかっていない。
AIでも探知できないソレは、いつしか【未知の何か】と呼ばれるようになっていた。
AI。エイリアン。そして未知の何か。
僕たち人類は、この三つの勢力に囲まれて生きている。
前述したとおり、従順にしていれば殺されないという点では、AIの支配下に居るのが最善だと思う。
だけど、そこに希望はない。僕たち人類の前に広がるのは、絶望という名の闇だけ。どの勢力が頂点に立っても、僕たちに光は当たらない。
これは、そんな希望のない世界で生きる僕の物語。
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