★お伽噺

「ま、魔女?」

 思わずオウム返しをしてしまう。ユキタは家に背を向けてさっさと歩き始めた。私とつららも、目を見合わせてからそれに続く。

「たいした話じゃないよ。ここを作ったのは魔女とその手下で、悪戯好きの魔女はいろんな所に見えたり見えなくなったりする魔法を残した。手下はセカイノハテの向こうまで行ってしまったけど、魔女は未だに文字の森の奥で暮らしてる、っていうただの噂。噂というよりお伽噺かな……童話に近いくらい確証のない話だし」

「でも面白いですよ。探しに行ったりした人はいないんですか?ぼく、会ってみたいです!こんないい場所を作った人なんですよね!」

 流石は中学生、凄い好奇心だ……と感心しつつ、私はユキタに目を向ける。喋っている間、ユキタはこちらを一度も見ようとしなかったのだ。

 お面のせいでほんとのところはわからないけど、怒っているような、突き放すような口調だった。

「ユキタはこの話、嫌いなの?」

「いや……」少しだけ兎面が私の方を向いた。

「……だって、勝手な話だと思わない?何で手下はセカイノハテまで行ったのか、ヴェイグには五十人は住人がいるのに、何で誰も魔女のことを気にせず文字の森に近付かないのか理解できないし。皆にほっぽかれる魔女が可哀そうだから、僕はこの話があんまり好きじゃない」

 思わず頬が緩んだ。やっぱりユキタ――翔くんは優しい。世話焼きなだけかもしれないけど。

「童話なんてそんなもんだよ。大抵が理不尽」

「そうですよね。細かい感情とか全部を削ぎ落とした感じがします」

「大切なところもまとめて、ね」

 ぷす、と噴き出し三人で笑い合う。

 そして、その流れで私の顔を見たつららが「あ」と小さく声を上げた。いや、私……というより私の後ろ、に目が向いているような。

「お?」

 振り向くと、そこにはコンクリート製の四角い家があった。

 できたてのメレンゲのような真っ白な壁に、黒い扉と黒縁の窓枠。特に目を引くのは、その壁を伝う緑色の蔦だ。庭はまだ更地で、これからどんな風にでも造園できそう。

 さっきの魔女の家と感じが似ているけれど、こちらは何となく格式の高い洋館という感じがする。白黒で落ち着いた色合いだからかな。

「つらら、ここにする?」

 ぽかんと家を見上げていたつららは、私の言葉に慌てたように頷いた。

「はい、ぼく、ここがいいです。いえ、ここにしたい、です!ここにします!」

「じゃあ決まりだね。やっぱり、庭が更地だから?」

 ユキタの問いに、つららは少し頬を染めた。

「そうです、庭を好きなようにできるのが、良いなと思いまして。あの、やったことはないんですけど……」

「良いね。なにか資材が必要なら、十海駅の近くにある貸出屋に行って。あそこならなんでもあるらしいから」

 つららはユキタに促され、ポストから鍵を取り出した。ホテルで見るような金ぴかの代物だ……それを鍵穴に差し込んで玄関扉を開いた途端、門柱に付いていた白い板がぱっと光る。

「ひひ光ってるよ⁉あれ大理石じゃなかったの?」

「ぼく、なにか失敗しましたか⁉」

 とかなんとか言っているうちに、光の中からじわりと墨のような黒が滲みはじめる。そのまま見守っていると、板は「つらら」と黒い字が彫られた白い大理石のネームプレートになった。

「なるほど、表札か!」

「わあ……異世界っぽいですねえ」

「これでこの家はつららのものだよ」

「わぁあ、ついにぼくも一軒家ですか!」

 つららが歓声を上げる。

「念の為にだけど、内装は確認しておいて。家の中に契約書があるらしいから、それにサインしないと正式に住人だと認識されないみたい」

「分かりました!」

 ついてきてほしいと言われたので、私達も一緒になって家を一周する。中も白を基調とした、落ち着いたデザインだった。二階建てになっていて、透明なテーブルのあるバルコニーまでついている。ほんとにお洒落だ。

「それにしても、もう家具が全部揃ってるんだね。いちいち探しに行かなくていいから楽かも」

「内装も全部合わせてデザインしてるのかもね。作るの大変だったろうな」

「ユキタさん、そこはやっぱり、不思議な力でバーン!と作ったんですよ!……あ、契約書ってあれですか?」

 つららがダイニングのテーブルを指差す。側にあった羽ペンでサインし、つららは正式にここに住むことになった。

「――二人共、本当にありがとうございました」

 玄関先で、つららは私達に向かって頭を下げた。

「おかげでぼく、なんとかやっていけそうです」

「やだなぁ、そんなかしこまらないでよ!」

 私はつららの肩に手を乗せる。

「足りないものはない?蛍石さんも頼りになるし、なにか必要なものがあれば貸出屋にいけば大体なんとかなるけど……何かあったらちゃんと僕を頼るんだよ。いつでも助けに来るからね」

「また、ユキタさんたら世話焼きですよぉ」

 つららの笑い声に、ユキタはほんの少しだけ耳をぴこぴこさせた。その仕草が思いの外可愛くて、私も思わず笑ってしまう。

「また落ち着いたら、遊びに来てほしいです」

「うん、勿論!つららの庭、楽しみにしてる」

 つららは、ぱっと花が咲くように笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る