✽✽カフェ
――聞きなれない声がした。
かおを上げると、目の前にへんな男の人がいる。
目がかくれるほど大きいシルクハットに、えりを立てた黒くて大きなマント。全身黒ずくめでかおも見えないし、背もめちゃくちゃ高いから怪しさ満点だけど、さいきんあたしと仲良くしてくれるいい人だ。
「しょうがないじゃんー、作るのたいへんなんだよ?つかれるからやだ」
「けち。ちょっと丈夫な和紙なだけでしょ?これを使えば照明がぼんぼりみたいになってきれいだって言ってたじゃん」
むむう、とあたしはストローからカフェオレをずるずる音をたててのみほす。冷たいカフェオレはきらきらしたガラスのコップに入っていて、半分くらいはミルクとおさとうだから、めっちゃ甘い。あたし専用の、とくべつなカフェオレ。
「和紙で電球なんかを包んで灯したらきれいだ、ってアドバイスしたの綾ちゃんなのに。僕は楽しみにしてたんだよ?」
そういって、マグカップの中身をのみこむ。あれに入ってるのは真っ黒いコーヒーだった。おさとうもなしだから苦いにきまってる。かっこつけめ。
あたしたちは明るい灰色のコンクリートの上でならんですわっている。うしろにはまだペンキのにおいのする木のかべが、まえには、ほりかえしたあとのある小さなお庭が。真ん中だけはレンガがしきつめられて小さな道ができている。
ここは、たてられたばかりのお店の玄関だ。これからカフェになるらしい。あたしたちがいただいてるのは、そこのマスターになる予定の人が作ったのみものだ。
まだだれも入ったことのない玄関にすわってお庭をながめながら、あたしたちは言い合いをしている。いつものことだ。
「でも、和紙だよ?あたし習字の時間でしか見たことないし、イメージわかないし、使い方よくわかんないし!なんかべつのにしよ?ね?」
「久し振りに綾ちゃんの絵を見られるチャンスなのに」
「カフェに絵をかいちゃうの?はずかしいからそれもやだ!」
「何だよ、やだしか言ってないじゃないか。気合を出せ、気合を」
「もう出てくる気合もないの!」
あたしはその場にごろんとよこになる。「服が汚れるよ」と言われたがおかまいなしだ。だってつかれてるし。さっきまでペンキぬりのお手伝いしてたんだから!
じりじりと日が照っている。暑いけどカラッとしたお天気で、なんだか気持ちがいい。こういうお天気ばかりならいいのに。
「さて、なら僕はぐーたらしてる綾ちゃんと違って、もう少し手伝っていこうかな。チラシ作りに食器集め、……ああ忙しいなあ」
「むむう、いじわる、反対」
わざとらしくためいきをつかれた。マントのえりが高すぎてかおが見えない。あたしは、ぱっとおき上がってかおをのぞきこんでみる。
「なあんだ、笑ってるんじゃん」
「当然。ほら、行く気になった?」
「しょうがないなあ」
さしだされた手をにぎり、あたしは立ち上がる。学校の友だちとはちがう、あたたかくてちょっとかたい手。お父さんよりもうすくて若い、おとなの男の人の手だ。あたしみたいにしょっちゅうさわっている子なんかきっといないはず。
気分が上をむいたついでに、あたしは言ってやった。
「そのかっこう、あつくるしいからやめたほうがいいと思うよ!苦いコーヒーぐびぐびのんでかっこつけるのも。バレバレだから!」
あたしはきれいにならべられたレンガの道をとびはねる。
くるりと回ってふりむくと、困ったようにまゆをよせたひとみと目が合った。
「え、僕、かっこつけてる……?」
「なんだ、ジカクなしなの?マントもぼうしも真っ黒じゃフシンシャみたいだし」
フシンシャフシンシャ、とくりかえせば、
「意味わかってないでしょ」
と不きげんそうな声がかえってくる。
「服をかえてくれたら、和紙のことも考えたげるっ」
「え、本当?でも代わりに何の仮装にしたらいいのさ、僕は」
「それカソウだったの?なら知らない。自分で考えて」
そのとき、お庭のよこにあるたんぼから、灰色のかみをした男の人がひょっこりとあらわれた。すごくやさしくて、あたしのために甘いカフェオレを作ってくれるいい人だ。
まだ名前もきまっていないカフェの、みらいのマスターさんである。
「おおい、ふたりとも、フレンチトーストが焼けたけど食べるかい?畑でいいハーブがとれたから、一緒にハーブティーでも添えて。即席のテラスでお茶の時間だよ」
かおを見合わせる。よく晴れた明るい日に、きらきらとすけたハーブティー。フレンチトーストもこうばしい、いいにおいで……
――サイコウだ!
「いただきます!」
あたしたちは声をはりあげ、そろってレンガの道を走りだした。
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