★コーヒー牛乳

「――という訳で、私はプリントを頭にぶちまけられて、突き飛ばされて逃げられたので、訊くことはできませんでした」

 『ロータス』に戻ってきた私は、着くなりさっさと用意してきた答えを返した。我ながら突っ込みどころがない。

 蛍石さんはというと、「本当に一瞬だけ透けて戻ってきた……」と呟いて私をしげしげと眺めている。

「……聞いてましたか?」

「ああ、ごめんね。まぁ、予想はしていたから、がっかりはしてないんだけど……そっか……そんなに嫌われていたか……」

 蛍石さんが目を伏せる。私はなんだかいたたまれなくなり、手を付けていなかったコーヒーを手に取った。ユキタの真似をして一口飲んでみる。

「う、にが」

 忘れていた。私は粉砂糖を入れないとコーヒーが飲めないのである。苦いのは昔から駄目なんだ、子供っぽいから直そうとしてるんだけど……。

「いる?」

 と言いつつユキタが粉砂糖を机の上に滑らせてくれる。

「いります。ごめん……」

 すると、突然蛍石さんが噴き出した。そのまま、頬の熱くなった私から優しくカップをもぎ取る。

「コーヒー牛乳を作りましょうか。それなら甘くできますよ」

「は、はあ。あの、べつに不味かったわけじゃないですからね!」

「気にしていませんよ。昔にも、そんな子がいましたから。あの子は小学生くらいでしたけど」

 く、小学生と同じ扱いにされている。蛍石さんはなめらかに牛乳を注ぎ、スプーンを手にとってくるりと混ぜた。

「来たばかりの綾さんは、当然ご存知ないでしょうけどね。開店当時にはここにも小学生がいたんですよ。うっかりしてそのまま普通のコーヒーを出してしまって、泣かれました」

「まあ、泣かれるでしょうね……」

 苦笑する私の前に、柔らかい色合いになったマグカップがことりと置かれる。銀色のスプーンが店内の照明を受けてぴかっと輝いた。

 私はそのスプーンで少し中身を掬い、味見してみる。

「あ、美味しい」

 舌をほのかな甘味が包んだ。苦いのも随分抑えられていて、ゆっくりじんわり味わいたくなる。ただ牛乳を入れただけなのにこんなに美味しくなるなんて。きっと絶妙なバランスなんだろうな……。

 思わず小さく笑ってしまった。

「美味しそうに飲むね……蛍石さん、僕も追加で一杯頼んでいいですか?綾と同じやつを」

「はい、勿論」

 ユキタが頼み、蛍石さんがにこりと笑ってカウンターに消えていった。私も一口カップに口をつけてコーヒー牛乳を啜る――

 がったん!

 噴きそうになった。な、何事……想像はつくけれど、とにかく慌てて音の鳴った方を振り向く。

 見ると、カフェの入口でドアチェーンに阻まれた男子が一人、まじまじとこちらを覗いていた。

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