★雨の降らない
……言ってみると、駆け落ちのときの台詞みたいだった。恥ずかしい。
「セカイノハテか……いいけど……」
兎耳が戸惑うようにぴくぴくと揺れる。
「な……何?そんなに変なこと言っちゃった?そこも身体が融けたりするの……?」
「それはないから大丈夫。神様の終わりの国からも近いし、行けることには行けるんだけど」
顔が見えなくて判りづらいけど、一応真面目に考えてくれてるみたいでちょっとほっとした。そのせいで手からするっと力が抜ける。
「じゃあ、その……神様の終わりの国までは、どれくらいで行けそう?何日かかかる?」
「何日もかからないよ。そもそもここには日付がないから」
「……」
気が遠くなりそう。
「……でも、太陽はあったよね。当然昇ったり沈んだりするでしょ?それで日付ができないの?」
「昼と夜が来るのも不定期なんだ。――セカイノハテに、『三日月灯台』っていうのがあるでしょ?この灯りがこっち側の世界を照らす時が昼間で、セカイノハテに向いている時が夜。つまり、灯台が太陽の代わりみたいなものかな。周期を観測した人もいたみたいだけど、それに合わせて日付を決めるのも馬鹿らしくなるくらいにバラバラで、不規則なんだって。日付がなくても、一年の終わりにはちゃんと鐘の音が鳴るらしいから、皆気にせず生活できているみたいだよ」
「でも……天気予報とか大変じゃん。そういうのないの?これから雨が降るとかさ……待ち合わせとか」
「一時間とか、そういう時間の単位はあるから大丈夫。ただ、一日が二十四時間の日もあれば五時間の日もあるってだけだよ」
大事だよ……現実世界とあまりに違いすぎて目眩がしそうだ。覚えることが多すぎる。
「それに」まだ続けるか、翔くん。
「この世界に雨は降らないからね」
「雨が降らない?」
案の定耳を疑った。
「なら、縦川が干上がるんじゃ……」
「それが、北の霧から絶えることなく流れ続けてるんだそうだ。農業をしたがる人も、縦川から無数にある水路を引いて生活してる。あぁそれに、一年に一度雪は降るからね」
めんどくさい仕組みだな。雪は降るくせに雨は降らない。たぶん、ほとんど季節の違いもないからこんな暑そうな長袖パーカーでも平気なんだろう。
「それって楽しいのかな」
「住んでる人がいるんだから、楽しいんだろうよ」
「そうだよね。ごめん」
声は半分笑っていたけど、耳がピンと伸びていた。……怒らせたかな。
……だいぶ話が脱線してしまった。
翔くんが「話を戻すけど……」と地図を指差す。
「セカイノハテに行くには、代償が必要なんだ」
――代償。
あの思い出が蘇る。
たしかにあの人も、代償が必要だと、言っていたはずだ。
ここだ。やっと見つけた!
「いいよ、何でも。代償だろうが現ナマだろうが、セカイノハテに行けるなら何でも払ってやる!」
「し、しーっ」
決意を込めて叫んだところ、翔くんは慌てたようにお面の口の前で人差し指を立てた。な、何事……さっきよりも耳がぴーんと立っている。兎耳バロメータでもできるんじゃなかろうか。
「――ともかく、案山子の僕を帰すのにも、セカイノハテを経由する必要があるんだよね。この世界から出るには、西の果てまで辿り着かなきゃいけないんだ」
丁度電車がホームに入ってきて、わらわらと透明人間たちが歩いてくる。
太陽――じゃないんだっけ、灯台の光が、ぴかりと電車の窓に反射した。翔くんは声を潜めて話を続ける。
「電車は終点二到着したあと、そのまま走って西端まで行って消えてしまうそうだから」
「あっ、案山子を取り戻したら、電車に乗せて端まで行っちゃえばいいんだ」
「そういうこと。代償は手にでも握らせておけばいいし……心が入ってないから、普通の人間よりは少なくていいと思うし」
よかった。少し涙が滲んでしまう。これで翔くんを元に戻す手立てがはっきりしたのだ。
「じゃあ、まとめると――まずは案山子を取り返して、それから私もセカイノハテまで行く。とりあえずはそれで大丈夫?」
「問題ないよ」
「よし、じゃあ早速、案山子の持ち主に直談判だね!」
あまりに現実離れした世界も、行き先が分かれば怖くない。翔くんもいるし。私はぐっと拳を握り締める。
「ほお、案山子ですかな?そりゃまた変わったお嬢さんだ」
「うわっ」
突然声がして、何急に⁉と振り返った私達。
見ると、皺くちゃの顔のお爺さんがいた。
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