☆眠れぬ夜に

 ――今朝は、そんな朝だった。

 私は一人布団に潜り込み、いつものように一日を丁寧に思い返している。

 ここは私の部屋、それも夜中三時を回っていて、照明も絞った真っ暗な空間だ。

 スマホを取りにもぞもぞと布団を這い出れば、予想外に涼しくてくしゃみが出てしまう。

「くしゅ……ああ、体温めないとなぁ」

 七月半ばとはいえ、風邪は怖い。風邪を引いたら何の病気につながるか分からないし。私は小さい頃から体が弱い。それにすぐ風邪を引く。

 このことは学校の誰にも言っていない。過剰に心配されるのは嫌だし。

 朧げにしか覚えていないけれど、私は七歳くらいのときに入院したことがあるのだ。確か呼吸器系かなにかだったと思う。泣きそうな両親をぼんやりと眺めていたことしか覚えていない。だからそんなに怖いわけじゃないんだけど、お母さんが心配性で、私が少し咳払いをしただけでもすっ飛んでくるのだから、こっちだって気にせざるを得なくなる。

 ふぅと息を吐き、スマホを取って布団に入り直す。正確な時刻は午前三時五十三分。電池も少ない。完璧な夜ふかしだ。毎日だけど仕方ない。

 暇だけどすることもないので、ぼんやりとネットを見て回る。――興味もないのに。

「――えっ」

 声を上げてしまったのは、事故のニュース記事が目に留まったからだ。

「これ……今日のことじゃ」

 掲載されている写真は見覚えのある道路の町並みだ。

 にしても、何で? こんな、都会とはいえ注目されることも滅多にないような街のいち事故なんか。正直、報道されないことのほうが多いんじゃないか。

 記事があるということはつまり、あれが普通の事故でなくなった、ということだ。

 ……こんなかたちで見たくなかった。

 少しだけ体が震える。怖い。唾を飲み込んで、私は恐る恐る記事を読み進めていく。

「被害男子が行方不明?」

 また声を上げてしまった。

 え? どういうこと? 翔くんが、行方、不明?

 あのとき、私は確かに、地面に広がる血――に触れたのに。

 ぶるりと大きく震えた。握りしめて食い込んだ爪が痛い。

 記事によると、事故に遭ったはずの翔くんが、救急車の来たときには消えていたというのだ。移動するところも、させられるところも見られていないらしい。

 怖くて直に事故の後の翔くんを見た訳じゃないけど、血があんなに出るくらいなんだから、自分で動くことはできないだろう。翔くんが自分からどこかに消えたことはありえない、はず。

 なら、誰かに連れて行かれた? いや……それなら誰か一人くらい見ていないとおかしい。野次馬はそんなに少なくなかったもの。

 周りに監視カメラはなく、親にも連絡がついていないらしい。未だ行方は分かっていないとのことだ。

 見開いた目元がかあっと熱くなった。瞬きをしなさすぎたかなと思うと、画面の上にぼたっと涙が落ちる。表示された文字が歪む。

 ぼたぼた、ぼたぼた。

 こうなったのは、私のせいなんじゃないか――。

「うわ、わあああ」

 ああ、もう駄目。泣き声まで出てしまった。

 でもどうしよう。私があのとき、翔くんが私を突き飛ばすより先に、彼を後ろに引っ張っていたなら? ――先に車に気付いていたなら?

 翔くんは行方不明になることなんてなかった。

 私が代わりにそうなればよかったんだ。

 ごめん、ごめん、ごめんなさい……私がそうしておけばよかった。あとから出てくるのは後悔ばかりだ。

 それなのに……怖い、私、私が悪い。

 一日、堪らえ続けた恐怖が、夜の闇に乗じて一気に吹き出してくる。

 鈍い音、吹き飛ぶ血、倒れた――

「うぅ、ああ――」

 近くに迫った闇があの黒い車体に見えて、叫びだしそうになる。

 私は咄嗟に布団の横の学習机の引き出しを開けた。

 涙と鼻水でぐしょぐしょになりながら、白い袋を開けて乱暴に中の錠剤を取り出す。

「もう許して……」

 睡眠薬だ。

 ほんとは使っちゃ駄目、体になにかあったら困るから、三ヶ月に一回くらいしか使えないんだけど。

 このまま起きていたら気がふれてしまいそうだ。感情の濁流に呑まれてどうしようもない自己嫌悪にまで行ってしまったら、私はどうなるの?

 私は、んだから。

 床に置いてある水差しからコップに水を注ぐ。

 零れたけど気にしない。錠剤を口に放り込んで、必死に願いながら水を一気に飲み干した。

 そのままもそもそと布団に戻り、できるだけ小さく体を丸めて固く目をつぶる。

 お願い、早く消して――あまりにも強く思い詰めたせいか、徐々にさっきまでの混乱がふわふわと溶けてくる。

 眠気も何も襲ってこない、ただただ事務的に意識がぱちんと消されるのが分かった。

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