☆ともだち

「あ、綾来た。遅かったじゃん」

 教室に入ると、真っ先にゆかりが声を掛けてきてくれた。私は曖昧に笑って手を振り返す。

「お早う。ちょっと色々あって」

「なに?なんか疲れてる?」

 中野なかのゆかり。黒髪を肩のあたりでずぱっと切った猫目の同級生である。

 彼女が近づいてくると、一緒に何人かのクラスメイトも近づいてくる。特に走ってくるのは立尾美雪たちおみゆき――栗色の真っ直ぐな髪をポニーテールにした女の子だ。

「あややんにしてはめずらしいよねー」

 腕に抱きつかれ、私は美雪に苦笑を返した。

「いや、まあ……ちょっとね」

「そういえば、朝に事故あったらしいよね」

 華麗に話題がすり替わる。お互いの事情には深く干渉しない、興味がないのが、私達の日常である。

「あー、知ってる?事故に遭ったの、橋月先輩なんだって!ゆかりご執心の!」

「ば!」美雪の言葉に、ゆかりは信じられないほど早く真っ赤になる。

 そう、翔くんは、ゆかりの片思いの人なのだ。

「……もう違うから。こないだ告ったら、普通に振られたし?」

「えー、うそー」

 ちら、とゆかりがこちらを見た。私がなにか言う前に、きゃいきゃいとはしゃぐ二人の声を聞きつけて更に多くの人が集まってくる。私はただ曖昧に笑って、時々頷きながら二人の話を聞くことに徹する。

 ――ゆかりは多分、私が翔くんと時々登校していることを知っているのだ。

「てか、そんなすぐ振ることある?振ったのってわざとー?」

「まあ、あっちは慣れてるのかもしれないけどね」

「それ酷くない?自業自得だねー」

 あはは、と高い笑い声が起こる。

 ……誰も、翔くんのこと心配してないんだな。ゆかりなんて早速告ったくらいなのに。

 笑みがすうと冷たいものに見えた。そこで、私は少し静まったのが頃合いとばかりに声を上げる。

「じゃあ私、朝テストの勉強してくるね」

「ああ、朝テ?綾いつも追試ギリギリだもんね」

「てかそれにしては登校遅くない?もう時間ないよ?あと五分で先生来るんだけどー」

「ノー勉なの。今度こそ追試だよ……」

「あややんなんか抜けてるよなぁ」

 そう言って笑う美雪に手を振り、私は自分の席についた。

 見られているような気がする。本当にテスト勉強をしに戻ったのか、会話が嫌で戻ったのか、と。

 ふーと息を吐いて問題集を取り出し、昨日まとめた要点を読み返す。解いているふり、分かってないふり。いつの間にか耳に届くゆかりたちの話は、私の分からないメイクの話になっている。

 いつもこんなものだ。

 入学したとき、席が近かったおかげでゆかりたちと話すようになった。

 さっぱりした猫目美人のゆかりと、ポニーテールの美少女美雪はあっという間にクラスの中心になって、中学まで私が話したことないような部類の女子だと判明した。私の知らないメイクの話をするし、男子とも物怖じせず普通に話す。私は生まれてこの方お洒落に興味を持ったこともなく、先輩を翔くん呼びするだけで奇跡的なくらいだ。

 それでもゆかりは、「綾はほんわかしてて面白い」と言ってくれ、美雪は「あややんの抜けた感じ癖になるよねー」と言って、そばに置いてくれる。

 おかげさまで、私は全然知らない話を振られても、頓珍漢な答えで笑ってもらえるようになった。

 と、そのとき、不意に水面を叩くような鋭い声がした。

「邪魔。どいて」

 ゆかりたちの声が止まる。

 見ると、ゆかりと美雪の前に黒髪ロングの女子が立って、無表情に二人を見詰めていた。

 あの子は――花矢蓮はなやれん、笑わない女子である。

 どうやら自分の席に行くのに二人が邪魔だったらしい。美雪が渋々退くと、彼女は波間を歩くように悠々と自分の席についた。

「……え、なに?普通にびびったんだけど」

 半笑いの声が響く。

 きりり、と私は唇を噛んだ。

 あんなふうにはなりたくない。中学の友達の少ない高校に入らざるを得なかった私は、ここ以外に居場所がないのだ。

 先生が入ってくる。とうとう朝テストだ。何だか晴れているのに蒸し暑くて、首に張り付く髪がいやに鬱陶しい。

 翔くんのことは、何も触れられなかった。

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