第11話 レンジ

 体から生えた短刀に守偵(さねさだ)が頭を貫かれる直前、現れたのはセイムのリーダーにして今回の潜入調査において最重要人物、金剛蓮司(こんごうれんじ)だった。


「あんたがレンジ。セイムのリーダーの」


 目まぐるしい出来事の連続に守偵(さねさだ)と如珠(いたま)二人はいまだ頭が追い付けずにいた。


「おう、よろしくな」


 そんな二人にレンジは爽やかな笑顔を浮かべたまま手を差し出した。


「レンジ、何の真似だ」


 差し出された手を守偵(さねさだ)が握ろうとした直前、体から短刀を生やした男が声を上げた。


「まあ落ち着けよ博人(ひろと)」


 レンジから太刀(たち)と呼ばれた男は生やした短刀を守偵(さねさだ)に突き付けたまま、レンジに鋭い視線を送る。


「こいつらの素性がわからない以上、このままこいつらを野放しにするわけにはいかない」


 レンジが登場したからといって守偵(さねさだ)と如珠(いたま)にかけられた疑惑が晴れるわけではない。


 工場内にいるセイムメンバー全員の疑う視線が二人に集まる。


「監禁して情報を吐かせるか、いっそこの場でこいつらを」


 声の鋭さが増した太刀をレンジは両手を挙げてなだめすかした。


「だから落ち着けって。目の前に刃物を突き付けられてちゃ、おちおち話なんてできないだろ」


「……」


 しばらくレンジと太刀は睨み合っていたが……

 

 やがて太刀が折れ、腕から生やした短刀を体内にしまった。


「さてっと、いきなりビビらして悪かったな」


 太刀が刃物をしまったのを確認して、レンジは再び守偵(さねさだ)たちに向き直った。


「俺の名前はレンジ。金剛蓮司(こんごうれんじだ)。このセイムでお山の大将をやっている」


「お山の大将ってなんだ。リーダーだろ、お前は」


「そしてこの目つきの悪い陰険そうなのが俺の親友にしてセイム第一のメンバー、太刀博人(たちひろと)だ」


「金剛蓮司(こんごうれんじ)に太刀博人(たちひろと)」


 最近巷で名を馳せる異人テロリスト集団のセイムだが、その実構成員の名前はリーダーのレンジ以外知られていない。知られていないと言うより、知らないのだ。


「お前たちの名前は」


「お、俺たちは」


 ここで守偵(さねさだ)は二つの選択を迫られた。

 

 潜入調査を続行するか、それとも今すぐこの場から逃げ去るか


(どうする……逃げるならこれは千載一遇のチャンスだが)


 今なら、自然にこの組織から手を引くことができる。太刀の凶行を盾にすれば。おそらくレンジも止めはしないだろう。


(正直、一度引き受けた依頼をこんな形で投げ出したくはない。だが……)


 守偵(さねさだ)は今、探偵としての矜持とあるものの間で揺れていた。


(せめて如珠だけでも、この場から)


 兄として妹をこの危険な依頼から距離を置かせるか……


(甘かった。如珠の潜在解放(ディープアウト)があれば何かあってもすぐ安全なところまで逃げられると高をくくっていた。まさか相手がここまで手練れの集団だったなんて)


 無意識に守偵(さねさだ)は口の中を噛んだ。

その兄の姿を見た如珠は勢いよく立ちあがった。


「如珠」


「わ、わたしゅは」


 開口一番。盛大に噛んだ如珠(いたま)を笑う者は誰もいなかった。

 覚悟を決めた少女の声がこの場にいる全員の心を引き締めたのだ。


「私は佐藤如珠(さとういたま)。兄と一緒に皆さんのセイムの一員にしてほしくてここまで来ました」


「兄」


 如珠(いたま)の言葉を聞き、レンジは守偵(さねさだ)の方へ目をやった。

 

 守偵(さねさだ)を見るレンジ。その目はどこか虚ろでどこか儚げなものだった。


「お兄ちゃ、兄は佐藤守偵(さとうさねさだ)。ここには兄の能力で来ました」


 如珠(いたま)の突飛な行動。突然の出来事に呆気に取られていた守偵(さねさだ)だがようやくその意図を理解することができた。理解できたと同時に胸が強く締め付けられた。


(如珠)


 兄はただ見守ることしかできない。


「おにぃ、兄は探索系の能力を持ってるんです」


「探索系、どんな能力だ」


「それは……」


 太刀の言葉に如珠(いたま)は口をつぐんだ。


「言えません」


「何」


 如珠(いたま)の言葉に工場内がざわつき始めた。


「俺たちの仲間になりたいんじゃないのか」


「……はい」


 太刀が如珠(いたま)に詰め寄る。


「ならなぜ答えられない。俺たちを信用できないのか」


「そんなことは」


「なら答えろ。貴様の兄の能力はっ」


「そ、それは……」


 答えられるわけがない。なぜなら異人にとって能力を知られることは、死を意味する。まして如珠(いたま)や太刀とは違い、守偵(さねさだ)のような非戦闘系の能力は特に。


 語気を強くなっていく太刀の視線を如珠(いたま)は真正面から受け止めていた。目からこぼれそうになるものを必死にこらえて……


 工場内を不穏な空気が包み込む。


(まずい、このままじゃ)


 探偵の矜持をかなぐり捨て、守偵(さねさだ)はどうにかこの場から如珠だけも逃がそうと二人の間に割って入ろうとした。しかし、


 パンッ


 子気味のよい音が室内に充満していた重苦しい雰囲気を払いのけた。


「レンジ」


 今まで黙っていたレンジが二人の間に割って入った。


「博人(ひろと)、異人にとって自分の能力を話すことがどういうことなのか、お前はよくわかっているだろう」


「……」


「まして俺たちは今日あったばかりだ。俺たちがこの二人を信用できないのと同じようにこの二人だって俺たちの事を警戒するのは当然だ。それなのにそんな相手の気持ちを推し量らず無理やり力と数の暴力で聞き出そうとしたら、それこそ俺たちを異人という理由だけで差別するクソ野郎どもとやってることは何も変わらないじゃないか」


「……すまん」


 レンジの言葉を聞き、太刀は肩を落とした。

 

 納得したわけではないが、今の自分のやり方は間違っていると気づいたのだ。


 次にレンジは如珠(いたま)の方へ向き直った。


「さてっと、今の一部始終、君の強い覚悟が伝わった」


 そう言ってレンジはニッと真っ白な歯を見せながら如珠(いたま)に笑いかけた。その顔に張り詰めていた糸が緩むのを感じた。目じりが一筋の涙がこぼれ落ちる。


「それはここにいるみんなも同じだろう」


 レンジの言葉に、何人かの者が頷いた。


「君は勇敢な女の子だ」


「レンジさん」


 如珠(いたま)に笑いかけるとすぐレンジは精悍な顔つきへ戻った


「だが素性のしれない君たちをすぐ俺たちの仲間に迎え入れるわけにはいかない」


 いくら無法者のテロリスト集団だからって、今日あったばかりの人間をすぐ組織に迎え入れるわけはない。いや、無法者たちであるからこそ、安易に誰かを信じないのである。


 信用は無法者たちにとって何よりも大事なものなのである。


「まだ君たちを信用していないものもいるだろう……だから君たちには力を示してもらう」


「ちから……」


 そのことを誰よりもわかっているからこそレンジは二人にある提案をした。


「ああ、入隊試験と思ってもらってもいい」


 セイムに入るためには絶対欠かせないもの、それを示せと。


「俺たちは明日、異人だけを狙って人身売買組織のアジトに勝ちこみに行く。そこでお前たちの力を示せ」


 信用を勝ち取り、かけられる疑いをねじ伏せられるだけの圧倒的強さ。それをセイムメンバー全員に示すことがレンジの提示した二人をセイムに受け入れる条件だった。

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