第12話 決行前夜

 守偵(さねさだ)たちの起こした騒動の後、レンジは他のセイム構成員たちに明日決行する人身売買集団襲撃作戦の内容を説明した。


 今回だけでなくいつも作戦を考えているのはレンジではなく太刀なのだが、太刀がレンジの説明に口をはさんだことは一度もない。それほどまで二人は綿密な話し合いを事前にしているということなのだ。


 守偵(さねさだ)と如珠(いたま)二人のセイム入隊がかかった襲撃作戦。ここで力を示せなければ有魔市市長、蜂王蟻命(はちおうぎめい)から依頼された潜入調査は失敗、依頼料を払えず家賃滞納でラプラス探偵事務所は閉店、それ以前にテロリスト集団であるセイムが二人を無事に帰す保証などどこにもない、最悪二人とも仲良く人生を閉じなければならなくなる。


 なんとしても二人はこの試験に合格してセイムへ入隊せねばならない。命を懸けて。


 作戦会議の後、二人は近くにあるビジネスホテルに宿をとった。そこはセイムのメンバーが経営しているホテルで、身辺を探られないために宿無しホームレス兄妹と自称した二人にレンジが提供した一宿一飯の宿である。


 別部屋だがホテルには二人の他にあと二人、明日の襲撃作戦で守偵(さねさだ)たちと一緒に行動することになっているセイムの参謀、太刀博人(たちひろと)そしてジェシィと呼ばれるピンクのショートヘアーの女が泊っている。


 表向きは作戦決行前、同じ屋根の下で生活することで親睦を深めようというというものだが本当の目的は違う。


 監視。


 それが太刀たちのいる本当の理由。そしてそれは守偵(さねさだ)たちも重々わかっていた。


 わかった上で守偵(さねさだ)は宿からこっそり抜け出した。ホテル近くにある今時珍しい電話ボックスへ駆け込むために。


「はい」


 電話をかけてちょうど三コール目。三つ目のコール音が鳴り終わると同時に受話器から澄んだ美しい女の声が聞こえた。


「俺です、探護守偵(たんごさねさだ)です。アイズさん」


 電話相手は今回の依頼人である蜂王蟻命の秘書、秘事アイズ。


「探偵さん。こんな時間に一体何用でしょうか」


 今探偵がかけている番号はアイズの物でもなければ、依頼人である蟻命の携帯でもない。市長室に備えられた白と黒の二つの固定電話。市長が通常業務で使用する公務用の電話が白、市長が私用で使う通話内容はおろか存在自体を公にできない真っ黒な電話。


 守偵(さねさだ)がかけているのは真っ黒な黒い固定電話。依頼を受けた際、蟻命(ぎめい)から連絡用で番号を渡されていたのである。


「アイズさんに調べてほしいことがありまして」


「調べてほしいこと」


「はい、実は……」


 守偵(さねさだ)はできるだけ早く簡潔に現在の自分たちが置かれている状況を話した。正体がばれる危険を冒してまでアイズに電話した理由(わけ)も。


「なるほど、こんな短時間でもうセイムのリーダーにまで接触していたとはさすがですね……」


 守偵(さねさだ)の話を聞き、アイズはしばらく無言になった。一気に流れ込んだ情報を整理しているのだ。その間ずっと守偵(さねさだ)はやきもきした気持ちでいた。


 守偵(さねさだ)たちは監視されている。


(今は如珠(いたま)が監視役二人の気を引いているはず、たぶん。だが、それもいつまでもつかわからない)


 守偵(さねさだ)の話を聞いて五分、


「わかりました。その件についてはお任せください。探偵さんはセイムの調査を引き続き、お願いします」


「ありがとうございます」


 ご武運を。その言葉を最後に守偵(さねさだ)は電話を切った。


 本当はもう少し詳しく話をしたかったが、守偵(さねさだ)には時間がなかった。それは電話を受けたアイズにも伝わっていた。


(何とか最低限のことは伝えられた。如珠(いたま)がどこまで持ちこたてるかわからねえが、急いで戻らねえと)


 急いでホテルに戻ろうとした守偵(さねさだ)だが、受話器を戻した瞬間全身が凍り付いた。


 コン、コン


「っ」


 突然のノック音。


 守偵(さねさだ)の後ろ、電話ボックスの外に誰かいる。


 普通に考えれば公衆電話を使いたい誰かだが、公衆電話に用がある者などそうそういない。それよりも可能性が高い人物を守偵(さねさだ)は知っている。


「……」


 恐る恐る振り返るとそこには、髪の色と同じピンクのジャージを着たショートヘアーの女の子の姿が、


「やっほー、珠ちゃんのお兄さん」


「ジェシィ」


 ジェシィ。明日の襲撃作戦で守偵(さねさだ)たちと行動を共にすることになっている太刀と同じセイムの構成員。そして、太刀と同じ守偵(さねさだ)たちの監視役である。


 ジェシィは満面の笑みで電話ボックスの外から守偵(さねさだ)に向けて手を振っている。その顔から敵意のようなものは感じられなかった。それでも探偵から嫌な予感が抜けることはなかった。


 守偵(さねさだ)はゆっくりと電話ボックスの扉を開いた。強くなった夜風に当てられ体が冷えていく。夜はまだ更け始めたばかりだった。

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