第7話 ラプラスの瞳2
「おいおい、何言ってんだよ。ちゃんと話聞いてたか。俺が見えるのは未来じゃなくて過去だよ、過去。未来なんて見たってどうやって犯人見つけるんだよ」
守偵(さねさだ)は努めて平然を装った。心の揺らぎを悟られないように。
「確かに未来より過去が見えたほうが確実だね」
「そうだろう」
守偵(さねさだ)の言葉をあっさりと受け入れる蟻命(ぎめい)に胸のざわめきがより激しさを増した。
「仮にもし俺にそんな大層な能力があったんならこんなおんぼろ事務所でわびしい探偵活動なんてしてねえよ。競馬でフィーバーしまくってタックスヘイヴンで一生セレブニートしてるってぇの」
「確かにね。君の言う通りだ」
「だ、だろう」
蟻命(ぎめい)は守偵(さねさだ)の言葉をすべて受け入れた。受け入れたうえで、すべて聞き流していた。子供の話を聞く親のように。薄っぺらい笑みを浮かべたまま同じリズムで相槌をうっている。
守偵(さねさだ)の額から汗がこぼれた。
「……未来視を使って金儲けしないのはそもそも金や社会的地位に興味ないから。能力を乱用すると異人であることがばれてしまうかもしれないしね」
蟻命(ぎめい)の口調が今までとは違う、ひどく無機質なものになる。
「それでも、君の言う通りこんなところで探偵をしているのは確かに不可解だ。それだけの能力があれば、死ぬまで平穏な生活を送ることができる。それでもこんなぼろい……失礼、趣のある事務所で探偵をやっているというのはおそらく、なにかセンチメンタル的な理由があるんだろう」
「……」
蟻命(ぎめい)の言葉を守偵(さねさだ)は黙って聞き続けた。返す言葉がなかったのだ。蟻命(ぎめい)の言葉はすべて正しかった。
口を閉ざし続ける守偵(さねさだ)に代わり、如珠(いたま)が恐る恐る口を開いた。
「で、でもそうだとしたらどうやってお兄ちゃんはアイズさんが巻き込まれた事件の犯人がわかったんですか。いくら未来が見えても、過去に起こった事件の犯人を特定するのは無理なんじゃ」
蟻命(ぎめい)の顔には薄い笑みが相も変わらず張り付いていた。
「確かに、妹さんの言う通りです」
「だったら」
「未来が大樹の枝のように繰り返し枝分かれしていなければ、ね」
「えっ」
「つまり、未来がフィクションのように決まった結末へ続いているのならばいくら未来が見えたところで犯人を特定するのはできない。だが、もしそうでなければ、未来がとても不安定でちょっとしたことで簡単に変わってしまうものだったとしたら、犯人を特定することは可能なんですよ」
「……」
守偵(さねさだ)は口を閉じたまま、蟻命(ぎめい)の姿をじっと瞳に映していた。
「ど、どうやって」
如珠(いたま)の言葉に蟻命(ぎめい)は笑みを深めた。見方によっては人を馬鹿にしているようにも見える。
「簡単ですよ、容疑者一人一人を犯人と仮定して見ればいいんです。本当にその人が犯人なら解決、違うなら名誉棄損などでこってり絞られる自分の姿が映るんですから」
「そ、そんな」
バカな、とは言えなかった。
なぜなら蟻命(ぎめい)の推理は限りなく正解に近いものだったからだ。
守偵(さねさだ)の持つ未来視(ラプラスの瞳)は見た相手の未来が見える。が、見た未来が必ず実現するわけではない。未来はとても不安定であやふや、曖昧模糊。見えた未来が未来であればあるほど正確性にかける。普通に考えれば弱点でしかないこの特徴だが守偵(さねさだ)はこれを事件解決に利用した。
守偵(さねさだ)は容疑者一人一人に本気で殴りかかろうとしたのだ。
密室殺人という現実で考えにくい異様な事件。異人の能力が関わっていることはすぐにわかった。能力は異人にとって生まれながら当たり前にあるもの。異人にとって与えられた能力を使うことは息を吸うのと同じ、つまり不意を突かれると必ず反射で自身の能力を発動、身を守ってしまうのだ。
あの時本気で殴りかかろうとして容疑者の少し先の未来を視たものは、いともたやすく吹き飛ばされ入れ歯を落とす老人、突然殴り掛かってきた暴漢を鮮やかな手さばきで地べたにはいつくばさせる銀髪の美女、そして……
拳をかわそうとして身構えたまま座っていた椅子をすり抜けた若い男。
「……」
「お兄ちゃん」
「かあああああ」
しばしの沈黙の後、守偵(さねさだ)は大声を上げて思いっきり頭を掻きむしった。突然の発狂に今まで余裕ぶっていた蟻命(ぎめい)とアイズが困惑する。
ひとしきり、頭を掻きむしると守偵(さねさだ)はすがすがしいほどの満面の笑みを見せた。
「参った。あんたの言う通りだ」
守偵(さねさだ)は自身の持つ能力について話した。
「俺の能力はラプラスの瞳、見た相手の未来を視ることができる。視えるつっても特定の未来を見ることはできない。ある程度なら調節できるが、先の未来であればあるほど視た未来が現実になる可能性は低くなる」
蟻命(ぎめい)とアイズは守偵(さねさだ)の話を黙って聞いていたが、おおよそ予想していた通りの内容だったらしくそこまで驚いた表情を見せることはなかった。
「さてこっちは腹の中全部割って話したぜ。次はそっちの番だ。それとも、俺を警察に突き出すか。確か異人の能力使用は即厳罰だったよな」
守偵(さねさだ)の言葉に蟻命(ぎめい)は肩をすくめた。
「まさか、それに即厳罰は異人が能力をなにかしら悪用して使用した場合の話で君みたいに世のため人のために使用する分にはノープロブレムさ」
法の下では一応、異人も人と同じ扱いとなっている。特例で異人のみに適用される法は能力の私的行使、悪用を禁止する異人特別適用法のみ。それ以外は人と同じ権利を主張、保護を受けることができる、とされている。
「実際はそうでも、現実はそうなってないみたいだけどな」
異人の能力使用を取り締まるだけに設立されたはずの異人特別適用法だが、実際は異人が能力を使っただけで即時厳罰という拡大解釈された運用がなされている。最悪、投稿しているにもかかわらず警察官に問答無用で射殺された事例も。
「みんなどうすることが一番正しいのか、どうすることが一番みんなのためになるのか、頭ではわかっているさ。それでも人は弱い生き物だからね……異人も」
再びしんみりとした雰囲気になる、前に今度は守偵(さねさだ)が手をパチンと叩いた。
「その話は置いといて。大事なのは依頼だ、依頼。潜入調査の依頼なのはわかったが、どうして俺がその調査に一番適任なのかまだその理由を聞いていないぜ」
強引に話を変えた守偵(さねさだ)を如珠(いたま)とアイズは文句ありげな目で見ていたが、蟻命(ぎめい)はどこか暖かい目をしていた。
「その答えは簡単さ。君が異人だからだ」
「それはわかってるよ。どうして異人の探偵が一番の適任者になるんだよ」
「それは――」
ここでずっと蚊帳の外で、静かに話を見守っていたアイズが話に割りこんだ。
「それはあなたに潜入調査していただきたい組織が異人のみで構成された過激派組織セイムだからです」
「セイム」
守偵(さねさだ)も如珠(いたま)もその名前を聞いたことがあった。
「それって最近ニュースでよく報道されてる異人テロ組織じゃ」
「なるほどそこに潜入するなら確かに異人かつ超一流の探偵である俺がぴったりだな。何かあっても、全部そのテロリストのせいにできるからな」
守偵(さねさだ)の言葉を否定する者は誰もいなかった。
困った顔をしながら肩を竦める蟻命(ぎめい)に代わり、アイズが今回の依頼の詳細について話した。
「あなたにはセイムに潜入してもらい、次に行われる作戦の情報を取ってきてほしいのです」
「それで最近悪い意味で名を上げてきているセイムを一網打尽するってことか。そうすればあんたは晴れてこの街のヒーロー。あんたの地位は盤石なものになるな」
悪役のようにいやらしい笑みを向ける守偵(さねさだ)。さすがに如珠(いたま)が注意しようとするがそれよりも早く蟻命(ぎめい)が口を開いた。
「いや、君にお願いしたいのはセイム壊滅の手伝いじゃない。むしろ逆だ」
「逆」
「ああ、君にはセイムの次の作戦を未然に防ぐ手伝いをしてほしんだ。もちろん僕たちも協力は惜しまない」
蟻命(ぎめい)の言葉を守偵(さねさだ)は理解できなかった。いや、意味はわかっているのだが意図が、守偵(さねさだ)にはわからなかった。
「どうしてだ。未然に防いじまったらあんたの手柄にならねえだろ」
結果より過程が大事という言葉があるがそれはがんばりが報われなかった者への慰めでしかない。どんなにがんばったところで結果をださなければ誰も見向きしない。
過程とは、結果を出して初めて見てもらえるものなのだ。
だが、蟻命(ぎめい)はそれで構わないと言うように優しく破顔した。
「手柄なんてどうでもいいんですよ。僕はただ人と異人の間に社会が勝手に作った種の壁を壊したいだけなんですから」
「それが、あんたが市長になった目的か」
「目的、というよりマニュフェストですかね。僕の」
蜂王蟻命が有魔市市長に初めて立候補した年の記者会見。立候補者たちそれぞれがどれだけ自分が市長になりたいという斜め上の強い想いを語る中、彼はこの有魔市を人と異人が手を取り支え合える未来の足掛かりになる街にしたいと言った。
唯一この街の未来を真剣に考えた彼の言葉を他の立候補者と記者たちは笑った。
そんなこと絶対できるわけがないと、彼の理想をみなが指をさしてあざわらった。
その年、彼は奇跡の当選を果たした。だが彼は止まらなかった。彼はその時の言葉を実現させるためまい進し続けた。それは彼の功績の一切を知らなくとも理解できる。今、この街の現状が彼のたゆまぬ歩みを証明しているからだ。
「君には僕のマニュフェスト実現の手伝いをしてほしいんです。人の異人が共に生きていける世界の実現を」
蟻命(ぎめい)の真っすぐな目を見て、守偵(さねさだ)はふっと笑った
「わからねえ奴だな」
そう言ってソファから立ち上がると守偵(さねさだ)は目の前の依頼人に向かって手を差し伸べた。
「あんたの依頼、超一流の探偵であるこの探護守偵が引き受けるぜ」
自身満々に笑う守偵(さねさだ)の顔を見て、蟻命(ぎめい)もまた自信たっぷりの笑みで応じた。
「この街の未来、君たちに任せるよ」
契約成立、署名の代わりに二人は固い握手を交わした。
この後、蟻命(ぎめい)はアイズに連れられ足早に事務所を後にした。どうやらスケジュールが押しているらしい。いや、差し迫った予定にアイズが押されているようだった。
依頼人が事務所を後にしてしばらく、ようやく守偵(さねさだ)は今日の昼食にありつけたのだった。
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