第8話 はじまりの鈴の音

 差別するのは生き物の本質であり、人も例外ではない。それは本来群れを危険から遠ざけ、種を存続させるための生存本能に基づく行為である。だが長らく食物連鎖の頂点に立ち、危険が非日常である生活が当たり前となってしまった今、人はその本質を見失っていた。


 異人は人間たちから迫害を受けている。理由は明白、異人は人ではないからだ。


 多くの異人たちは自分、つまり異人と言う存在を押し殺して人中心の社会に溶け込んで生活をしているのだが、当然黙っていない者たちもいる。異人それぞれが持つ特異な能力、人がどれだけ努力しても得られない異人と言う種にのみ与えられた特有の力を使い現在の人中心の社会を打破、中には異人こそ新たな人類の可能性であり人を導く存在であるとして異人を中心にした社会を創り出そうとする者たちもいる。


 守偵(さねさだ)が潜入依頼を受けたセイムという組織。当初は迫害を受けていた異人たちが集まり演説やプラカードを掲げながらの行進など比較的平和的なデモ活動を行っていたのだが、ある時を境にセイムの活動は一変した。


カラン


 錆びついたドアベルの乾いた鈴の音がもう来ないはずの客の訪れを知らせる。


 守偵(さねさだ)が訪れたのは経営不振で店長が夜逃げしてそのまま取り残されてしまった西部劇風の内装をした酒飲み屋(バー)。まだ日が昇っている時間だがバーという店の形態と止められている電気のせいで室内は真っ暗。


 まるで今回の依頼に臨む自分の未来を表しているようで、守偵(さねさだ)は息を吐いた。


 「誰もいないのか」


 室内を照らすため守偵(さねさだ)は腕時計についたボタンの一つを押した。するとパカッという音と共に腕時計がコンパクトのように開き、内蔵した懐中電灯が起動した。


 室内は店主が夜逃げする前日まで普通に営業していたせいか椅子や机は整然と並べられており、一見きれいに整頓されているように見えるが少し視線を落とせば床のあちらこちらに酒瓶や缶詰が散乱していた。


「う、うーん、誰だよ」


 声を聞いただけで喉がただれていることがわかるほどのしわがれた声が暗い室内の奥から投げかけられた。


 声のした方へ懐中電灯を向けると無精ひげを生やしたぼさぼさ髪の男が床で酒瓶を枕代わりに横になっていた


「せっかくいい気持ちで寝てたのによ」


 言葉とは裏腹に男はつらそうな顔で頭を押さえていた。恐らく、いや誰が見ても間違いなく二日酔いである。


「うん、あんちゃん、どこのあんちゃんだ」


 守偵(さねさだ)を視認しても男は特段アクションを起こさなかった。頭を押さえたまま、床に寝転がっている。見知らぬ人間が自分の寝床(不法占拠)に現れれば驚いてパニックに陥るのが普通の人間の反応なのだが……


(まあ、こいつ人間じゃねえしな)


「ここの家主は借金取りから夜逃げして不在のはずだが、まさかあんたがその夜逃げした家主じゃないだろうな」


「んなわけないだろ。夜逃げした奴がどうして逃げた場所にまた戻ってきてんだよ。俺は空き家になって誰も使ってないここを勝手に使わしてもらってるただの浮浪者だよ。いわゆるホームレス」


(後ろめたいこともここまで堂々と。清々しいクズだな)


 男のふてぶてしいともとれる態度、見ようによっては相手を舐めているようにも見えるが男には確信があったのだ。普通の人間、少なくとも拳銃を携帯している警察官でもないない限り、自分は必ず相手より優位に立てるのだと。


 最悪、相手を力で抑え込めばいいと。


「で、あんちゃんは、あんちゃんは何者なんだい。俺を追い出しに来た不動産屋の回し者かなにかかい」


「いや、ちょっとあんたに聞きたいことがあってね」


「俺に聞きたいこと」


 首をかしげる男に対し、守偵(さねさだ)はニッと不敵に口を歪ませ答えた。


「ああ、あんたが所属しているここより日当たりの悪い組織についてな」


 守偵(さねさだ)の言葉に男は目を見開く。と同時に立ちあがった。枕代わりにしていた酒瓶の口を右手に握りしめて。


 男は酔いから覚めた。


 「どうしてそれを。俺とあんちゃんは今日初対面のはずだけどな」


 「その言葉は間違ってないぜ。だが俺とあんたではその言葉の認識が違う」


 「認識が違う」


 警戒を崩さない男に守偵(さねさだ)は数歩近づいた。


 悠然とした足取りで酒瓶(ぶき)を握る男の間合いに入った守偵(さねさだ)のこの行動。未来が視える守偵(さねさだ)にとって数歩近づいても男が殴ってこないことがわかっている守偵(さねさだ)にとってはなんてことない、友好を示すだけのただのパフォーマンスじみた行動だったが、男にとっては違った。


 武器を持つ人間に毛ほども警戒せず近づくことができるのは確信があるということ。確実に相手を殺せる、無力化できる確信が。


 男の酒瓶を握る手に力が入る。


「確かに俺とあんたが会ったのは今日だが、今じゃない。つい一時間ほど前だ」


「一時間ほど前」


 守偵(さねさだ)と男が出会ったのは今から一時間ほど前、近くの公園で炊き出しに並ぶ男を守偵(さねさだ)が一方的に見つけ出会ったのだ。


 一時間後、このバーのポストに入ったセイムからの集会を伝える手紙を見つけるこの男を。


「俺は異人だ」


「異人、お前も」


 守偵(さねさだ)の言葉を聞き、男は酒瓶握る右手の力を緩めた。


 守偵(さねさだ)に対する警戒心がなくなったわけではない。だが、少し男は安堵した。守偵(さねさだ)の持つ謎の自信、その根拠がわかったからだ。相手が自分と同じ異人なら、当然相手も何かしらの能力を持っている。それこそが、守偵(さねさだ)の自信の正体。


 そしてそれはついさっき、守偵(さねさだ)を自分の脅威とならないとみなしていた男と同じ境遇、同じ考え方だ。


 男はわずかに守偵(さねさだ)へ親近感を覚えた。


「ぜひ俺たちもあんたたちセイムの仲間に加えてほしいんだ」


 守偵(さねさだ)はさらに一歩、足を前に進めた。それと同時に右手を男の前に差し出した。


「あんたたちと一緒にこの腐った人間支持上主義の社会をぶっこわさせてくれ」


 男は目の前にだされた手を見て、守偵(さねさだ)の目を見た。


「………………わかった」


 しばらく沈黙した後、男も守偵(さねさだ)と同じく右手を差し出した。握った酒瓶が床に落ち、にぶい音が静かな室内に反響した。


 ゴングはこの時、すでに鳴っていたのだ。

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