第5話 アーサーとリリィによる謎解き

 鍵のかかった金庫に耳を付けているのはアーサーとリリィだ。鑑識にも開けられない物は調べられない、と言う事で一応の焦点となっているが、二人揃っても開く気配はない。ちりちりと言うダイヤルが一つに鍵が一つと言うシンプルなもので、ダイヤルは三枚羽だろうと言うのがとりあえずの検証だった。そして面倒なことに、鍵の方は掛かっているらしい。メーカーは倒産済み。もしかしたらそれを狙って購入したのかもしれない、とは、諏佐警視の言だった。ゲストルームにいた二人に尋ねても、この別荘に金庫があるのかすらも知らなかったのだという。


 ぱっと手を上げて、アーサーは腰ほどの金庫から顔を離して立ち上がる。リリィも同じようにしてから、ふわあっと大きなあくびを吐いた。飛行機の中でも寝ていたから、寝不足なのかもしれない。

「ダイヤルは解けましたが鍵はない限り開きませんね、これでは。鍵師を呼ぶか鍵の型を取るかしないと」

「まあそれは明日以降で良いと思うよー。何が入ってても開かない以上事件には無関係だと思うから。金塊だとしてもね」

 ざわっと刑事たちがにわかに自分たちの肩をそびやかす。金塊。もしもだがそんなものがあったとしたら十分に殺人の動機になるのではないだろうか。それより、とアーサーはリリィが持って来ていた写真を翳して、ローテーブルに撒くようにする。書斎である現場では大きなソファーとカウチがあって、そこに刑事たちはそれぞれ座った。立っている人もいる。自分もその一人だ。

 アーサーが取り出したのはどうやら傷口の写真のようだった。誰かに呼ばれてか、季子と時彦も入って来る。ヒッと声を上げたのは季子だった。突然こんなものを見せられたら当然の反応だろう。時彦は口唇を噛んでぎゅっと手を握る。

「防御創がないことから比較的近しい相手に不意打ちを食らった――とも考えられますが」

「わ、私じゃないわよ!?」

「俺でもない! 俺がここに来たのは、」

「誰もお二人を疑ってはいませんよ。これは自殺です」

「へ?」

「は?」

「え」


 思わず自分も声を上げてしまうと、アーサーにシィ、と口元に指を立てられる。いつの間にか白い手袋をしていた。おそらく金庫に余計な指紋を付けないためにそうしたのだろう。リリィはだぼっとした服の上からきちっとボタンを合わせて白衣を着ている。アンバランスで少し滑稽だった。その手は両ポケットに入れられている。何にも指紋を付けないために? うーむ、考え込んでしまう。


「ナイフは両手で握られたまま、氏は絶命しています。何故ナイフを握っていたのか。抜こうとしたならもっと派手に血が出るはずです。ですが残った血痕は僅かなものだった。これが意味するのは、お判りでしょう、氏が自分で自分を刺したからです」

「握られた手の中にはお湯で柔らかくなり冷えて固まる、プラスチック粘土が握り込まれていました。そこに残った跡はナイフの底と一致しました。おそらく氏はナイフを両手で握り込み、倒れ込んだ衝撃で刃が心臓からずれてしまわないように補助の目的でそれを使ったのでしょう。ほぼ即死でしたが、プラスチック粘土を剥がして手に握り込むことは可能だった」

「ついでにこの傷、水平に肋骨を避けてスムーズに心臓に達するように付けられています。普通に握っていたら傷は縦型でしょう。ここからも氏の信念が伺える。確実に死ねるように。死亡推定時刻は昨日の夕方。発見は夜八時。現場の明かりは点いていましたか? 時彦さん」

「い、いや、不自然なぐらい真っ暗で、こっちに来ているのも嘘かと思ったぐらいで」

「玄関の鍵は?」

「閉まっていて、だから預かっていた鍵を使って」

「鍵を持っているのは?」

「お、俺と季子だけです」

「あたしじゃないわよ! 言ったじゃない日本にいるのも偶然だって!」

「氏に電話を掛けましたか?」

「え? ええ、久し振りに飲みに行かないかって。断られちゃったけど」

「何時ごろです?」

「それこそ夕方よ」

「時彦さん、あなたは電話を掛けましたか?」

「あ、ああ、ちょっと用があるから東京にいるなら部屋にいてくれと」

「何時ごろです?」

「昼頃だ」

「なるほど」

「なんなんだ、一体なんだって言うんだ! 自殺だと言い出したのに俺達を容疑者扱いして、あんたは!」

「失礼、確認がありましたので」

「確認?」

「お二人が両人とも東京にいたことは、偶然だったのだとね」


 矢継ぎ早に質問を飛ばしていたアーサーの言葉に、季子と時彦はぽかんとする。開いた口が間抜けだ。そう言えば季子の口紅が剥げている。ラーメンの力だろうか。自分も訳が分からなくて思考を飛ばしてしまっている。


「氏はお二人がいる時に死ななければならなかった」

「他殺のていでなければならなかった」

「そうすればより多くの保険金を残せるから」

「それが氏の最後の愛情だったから」


 二人は示し合わせたように喋る。


「氏を殺したのは、ある意味お二人なのですよ」


 訳が分からなかった。

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