第2話 アーサー・ロックの回顧録
「玖院氏の訃報は朝のニュースで知っているよ」
存外早く話が進みそうだな、思って自分はほっとした。朝比奈、アーサーと呼べと言って来た彼は前髪をいじりながら陰鬱そうに眼を閉じる。コーヒーはブラックだった。その匂いを吸い込むようにしてから一口飲み、かちゃんと音を立ててソーサーへと戻す。
「他殺とも病死とも自殺とも言っていなかったけれど、諏佐刑事辺りに口止めさせてるのかな? あの人も八月朔日女史には片なしだからなあ」
「玖院のじーちゃんは良い人だったよな。俺達にもパトロンみたいにしてくれていた。実際事件回してくれることも多かったし、葉桜ちゃん通して依頼してくることも結構あった。そっか、死んじゃったのか。まだ五十そこそこだったから寿命じゃないだろうなー」
ストレートの紅茶を飲んでいるリリィも乗ってきている。よしこれなら存外早く東京に行けそうだ、思うと同時に少し不安になる。すらすら進むことはないと言うのは司法試験を何度か落ちているゆえの勘だろう。
「で、だから何?」
やっぱり。
はあっと息を吐いて、飛行機の音を聞きながら、空港のカフェで自分は肩を落とす。そう簡単に乗ってはくれないと相場は決まっているのだ、主に、所長たっての指令は。
「お二人には東京に出て来てほしいんです。氏が亡くなった東京の別宅で、捜査を緩めて待っていますので、是非お早く」
「えーでもそれって別に俺達じゃなくても良くない? 俺飛行機疲れしてるからさっさと休みたいし、荷物もあるから一旦家に帰りたいんだけどなー」
「それは、その、所長たってのお願いで――」
「葉桜ちゃんならほかにも手を持ってると思うんだけど。大学生探偵とかー、総帥探偵とかー、普通の探偵さんとか。何でこんな離れた場所の俺らなの?」
ぐぬぬ、と思っているところで音を鳴らしたのは机の上に通話状態で置いておいた携帯端末である。あのねえ、と不快そうな呆れたような声で喋ったそれに、ぎくっとするのは二人ともである。何か弱みを握っているのなら早く教えて欲しかった。時間が勿体ない。
『私が何の考えもなく秘蔵っ子をそっちに差し向けるわけないでしょうが。私宛てにも別の遺言書を預かってたのよ。朝一で中を見たら、自分の死はアーサー・ロックとリリィ・タッカーに仔細を任せる、って。だからあなた達にはさっさと現場である東京のマンションに向かって欲しいの。荷物ならうちの事務所に置けば良いわ、事務員派遣して成田で待っててあげるから。とにかく早く来ること、オーケー? 返事は? ハリーハリーハリーハリー!』
「わ、解りましたよ八月朔日女史!」
先に音を上げたのは存外アーサーだった。リリィはまだ紅茶をゆっくりと飲んでいる。猫舌なのかもしれない。でも早く飲み終わって欲しい。なるべく早い便で東京に戻るために。しかしせかせる立場に自分はいない。場の中心は携帯電話に変わってしまっている。
「行くからその美しい声で責め立てないでおくれよ! ふぅ……しかし君が秘蔵っ子なのかい? 八月朔日女史の」
覗き込まれた自分はふるふると頭を振る。そんな扱い受けたこともないし初耳だ。この飛行機代だって出してくれるか分からないと思っているし、社用携帯端末の心配してはいないが長くなるとこういう風に叱られる。最初から通話モードにして置いて良かったけれど、今回は。
『私の言葉を疑うとはいい度胸ね。良いから早く国内線で帰って来な! 現場の場所は三木君の携帯に送っておくから、良いわね!』
「解りましたよ女王様!」
『女王は死んだ! 以上!』
プ――、と終話音が鳴って、はあっと息を吐いたアーサーは自分を軽く睨む。
「最初から八月朔日女史に繋げたままとは中々やり手だね、確かに。三木君」
「あ、俺まだ紅茶残ってるからもうちょっと待ってね」
「了解だよプリンセス」
あっちが女王でこっちが王女なのか。よく解らないなと思いながら、時間稼ぎに自分はアーサーに尋ねてみる。
「お二人が解決された事件って、どんなのですか?」
「んー? お話したいのかい、ミッキー君」
いつの間にか呼ばれ方が変わっている。正直この年でそれは嫌だな、と思いながらも、自分はこくりと頷いた。んー、と考え込む姿まで気障ったらしい。
「姫路城事件、ミッドナイトウォリア強奪事件、宇都宮グループ会長殺人事件、シンデレラ城事件――」
「って、どれも全国版レベルの事件じゃないですか! 何で表に出ないんです!?」
「リリィがまだ未成年だったのと、警察にも内緒にしていることがあるからだね。被害者との約束だとか、遺族の意思とかで、俺達は、探偵は、陰に回る事の方が多い。今回も恐らくそうなるだろう。まあ功名心なんてお互い無いから、こうしてバディを組んでいられるって所かな。お金に頓着しないところもね。その辺遺族人気は高いよ、俺達」
「そんな人気必要なんですか……」
「口コミで広がるから結構重要だよ。ふざけた名前を付けてるのもその為さ」
ふざけてる自覚があったのか。そしてそれに巻き込まれた自分とは。
頭痛に思わず目頭を押さえた所で、ぷはっとリリィがカップを空にする。
「葉桜ちゃんが沸騰しないうちに行った方が良いね、これ。ヘイsiri、関西国際空港から成田空港までのルート」
ロンドンから帰って来たという割に日本語の通じる携帯端末だった。と、それを隣から覗き込んでいるのはアーサーである。まさかそんな個人情報の塊を貸し借りしているのか。少しその信頼感は恐ろしく思えたが、だからこそのバディ――なのかなあ、と曖昧に納得しながら自分たちは立ち上がる。
そして向かったのは、玖院氏が変死体で見つかった現場――ではなく、先に成田空港で待っていた長谷川女史へのリリィの荷物受け渡しだった。
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