玖院氏事件の思い出
ぜろ
第1話 リリィ・タッカーの帰還
弁護士事務所で働く自分にその連絡が届いたのは朝八時の朝礼でのことだった。
「と言うわけで、亡くなった
「へ?」
突然の上司――
その上司に突然名前を呼ばれた自分は
彼は長年我が事務所に様々な事故や事件を回してくれたお得意様でもある。からには名前も知っていたが、自分が担当したことはない。そこはびっしりと締めている所長が担当していた。だがここに来て何故自分が指名されたのか分からない。新人弁護士の自分に何を求められているのかが分からず先輩たちを見ると、同情の眼で見られた。え、何。どうなっちゃってるんだ? 解散、との所長の声でそれぞれの案件に入って行く。ぽつんと佇んでいると、三木君、と所長に呼ばれ、その樫で出来た丈夫なデスクに向かう。
渡されたのは二枚の写真だった。一人は美丈夫、年ごろは近いぐらいの男性。前髪を気障に流して、ウィンクとピース付きだった。もう一枚は女性かと思われたが、よくよく見ると少年である。二十歳行くかどうかの童顔。にっこり笑っているのが愛らしい。きっと年上の女の子にはもてるだろうな、と思わせる佇まいだった。髪は金髪だが日本人顔なので多分染めているのだろう。
「
「じ、事件って、玖院氏は何かの事件に巻き込まれて亡くなったんですか?」
「それを調べるための二人よ。諏佐刑事に連絡してなるべく捜査を遅れさせてもらっているから、早く飛んで」
「飛んで、って」
「関西国際空港によ」
諏佐刑事はうちの事務所が懇意にしている刑事で、警視と言う事で結構上の階級だ。それに鼻薬を効かせることの出来るうちの所長は何者なのだといつも思う。警視なのにいつまでも現場に釘付けにされているのはこの人の所為なのではないかと思うが、まあ今はそれもどうでも良いことだろう。
飛行機の切符を渡され、時間の余裕がないことに慌てて上着と鞄を抱えて事務所を飛び出す。いつも待機してもらってるタクシーに空港の名前を告げ、自分は鞄の中を整理する。携帯端末と財布があれば苦労しない楽な世の中だ。場合によっては財布も要らない。一応新聞だけは当該記事を取り出しておく。落ちそうになったのは二人の顔写真だ。慌てて別ポケットに入れる。ノートPCも広げる前だったから入っていたのは僥倖だった。
しかし引っ張り込めとはどういう事だろう。謎に思いながら飛行機に乗り関空に向かう。
そして。
自分が見たのは、公衆の面前で抱き合ってディープな、かなりディープなキスをしている、金髪の少年と青年だった。
朝比奈録と、百合籠天斗。間違いはない。
ひそひそ周りに言われている中で、二人は周囲の事など何も気にせずにそうしていた。
「会いたかったよ、リリィ」
「俺もだよ、アーサー」
再びぶっちゅぅぅぅぅ。
俺は何を見せられているのだろう。スンッと逆に冷めた頭は、おそらく百合籠天斗の物だろう大きなスーツケースをそっと転がしてかすめ取ろうとしている外国人を見付ける。アジア系の顔立ちだが日本人顔ではない。さっと足を出して転ばせると、スーツケースごとそいつは倒れた。それを立てて、やっとキスを止めた二人に俺は名刺を取り出す。
「八月朔日弁護士事務所から派遣されてきました、三木数一と言います。お二人に折り入って相談したい事案がありまして、参りました」
「葉桜ちゃん若い燕囲ってたんだ」
「若くもないです。二十八歳になります」
「俺と同い年じゃないか、若い若い」
「朝比奈さんと百合籠さんで間違いはありませんか?」
「ノン、ノン、ノン!」
ちっちっちっと指を立てて揺らしたのは、百合籠天斗の方だった。ウィンクして見せるのが、自分が可愛いことを自覚しているところに見えて、ますますスンッと心が鎮まる。
「アーサー・ロックと」
「リリィ・タッカーさ! お若い弁護士さん!」
年下にお若いと言われるのもなんだかなあ。
取り敢えず白黒チェック柄の中性的なスーツケースを返して、俺達は空港のカフェに向った。
物取りはすでに空港の警備員に取り押さえられていたが、そんな事にも気付かない程度に、自分は妙な冷静さで二人を見ていた。
とりあえず屋外でチューするのは止めた方が良いと思う、なんて箴言は無意味だろうと思いながら。
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