第20話 ダンジョンの守り手

「オルドゴルク・マロット・エナフサント・アドーリッグリシャ」


 オークの名乗りを聞いて、俺は一瞬固まった。

「オルドグ…えーと、長いですね。」

「僕らオークは、名前が長いんです。グリシャと呼んでもらえば大丈夫です!」


 俺はグリシャを自分たちのテーブルに招き、一緒に食事をしながら話を聞いた。彼はまだ16歳で、少年と呼ぶにふさわしい若さだった。オークの歳の取り方は人間とほぼ同じらしい。


 俺はグリシャに自分たちの状況を伝え、今度は彼になぜダンジョン潜りをやるのか尋ねた。冒険への憧れや、有名配信者になりたい、あるいは単に金を稼ぐため…だいたいその辺りだろうと思っていたが、意外な答えが帰ってきた。

「近ごろ魔物が活発化しているので、調査をするようにと言われているんです。」

「魔物の…調査?学者とかですか?」

「いや、氏族の任務なんです。僕たちオークは昔からダンジョンとともに生きていて、ずっとダンジョンを見守っているんです。」


 グリシャはダンジョンとオークの関係について説明してくれた。

 ほとんどのオークはダンジョンの近くに集落を作って住んでいるという。グリシャの一族であるマロット氏族の祖先は、勇者イチハル卿のパーティのメンバーだった。古代の大きな戦いの後で、グリシャの祖先はダンジョンの監視と管理を任された。ダンジョンには戦後もまだ魔物がたくさん棲息していたからだ。

 マロット氏族はずっとダンジョンの傍に居を構えて、幾つかのダンジョンの様子を確認し、必要があれば魔物を討伐し、戦利品を獲て暮らしてきた。


 しかし時代が下るにつれて、空想郷の人々の中で戦いの記憶と記録は失われ、魔物への恐れも薄らいだ。やがて金稼ぎのために、またスリルや名声のためにダンジョン潜りをする者たちが現れはじめる。

 冒険者たちはダンジョンを徘徊して魔物を倒し、戦利品をかついで勝利を誇った。一部の者たちがダンジョン内に住処を作ったり幻水晶テレクリスタルの魔法を使って配信するようになり、人々は冒険者たちの活躍に熱狂した。

 こうなると、ダンジョンの管理者としてのオークは次第に疎ましい存在になっていく。多くのオークは穏やかだったが、一部の氏族のオークの中には、強硬的に冒険者を追い払ったり、地の利を生かして強盗を働いたりする者たちもいたのだった。


 空想郷の人々にとってオークは恐怖と嫌悪の対象となっていった。


「乱暴な集団も確かにいるんですけど、それはほんの一部で、僕たちのほとんどは他の種族と変わらないのに…。はるか昔オークに託された役目も忘れ去られてしまいました。」

 グリシャは表情を曇らせ、うつむいた。


「オークが死体漁りをするのも、みんなが恐がる原因かも…。」

 ウェノラが遠慮がちに言った。彼女はやはりオークと行動するのを快く思っていないようだった。

「死体漁り、という言い方をされるのは少し悲しいです。」とグリシャは言った。「ダンジョンの犠牲者の魂は、ダンジョンの神のもとに帰る。だからその遺品も神に帰す。そのための儀式です。勘違いされているけど、盗んでいるんじゃないです!」

 グリシャはいらだちを顕わにしたが、すぐに語気をやわらげた。

「もちろん、みんなの感情もわかります。だから正直僕は、儀式にこだわらなくてもいいと思っているんですが…上の世代は特に自負も強いから、対立が強くなるばかりです。」


 オークとして大変な環境にいるからか、空想郷ではそんなものなのか、グリシャは16歳にしてはしっかりしていると思った。

 ともかくこれ以上対立してもしょうがないので、俺はこれからのことについて話をふった。

「ところで、もう剣士としてしばらくダンジョンに潜ったわけでしょう?成果は?」


「ひとりだからあまり深くは潜れないけど、順調ですよ!」グリシャは嬉しそうに言った。「冒険に出るときに、おばあちゃんに良い剣をもらいましたからね。古くから家に伝わる剣です。」


 グリシャが腰に吊った剣を抜いて見せた。刀身は分厚く、まっすぐで、ほとんど光らず真っ黒だった。刀身の中央には文字がずらっと彫られている。なかなかに禍々しい感じの剣だ。

 これは強そうだ。俺は期待した。

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