第17話 調べもの

 啓示石で吟遊詩人のクラスに就いた後、午後をそのまま図書館で過ごした。


 図書館には部屋ごとに様々な形式の蔵書が敷き詰められていた。紙や皮紙でできた本や巻物だけでなく、文字を刻んだ石板や粘土板、木板などもあった。

 司書に話を聞くと、それらは神話、歴史、戦記、地図、魔法書から、技術書や料理のレシピ、画集、詩集、個人の日記に至るまで幅広いジャンルにわたる。


 技術書、実用書のコーナーで背表紙をざっと眺めると『今日からできる!かんたん配信入門』『山岳エルフ料理の世界 保存食編』『金属精錬の基礎』などのタイトルが目に入った。

 ここには、空想郷に来たばかりの俺にも役に立つ本が多そうだ。


 魔法書を所蔵する部屋を覗くと、黒地に白い円をあしらったクロークをまとったふたりの女たちが、大きな巻物を広げて、俺にはわからない難しいことを議論していた。何かを研究している魔術師たちなのだろう。


 魔法書の棚を眺めていると、なんともがっかりした気持ちに襲われた。俺もうまくいけば魔術師として魔法を習得したりできたのになぁ…と思ってしまう。

 実際には、俺は吟遊詩人になった。歌と音楽で戦いを助ける、とかなんとか。パッとしないし、どうも強くはなれそうにない。

 とはいえ気を取り直して、できることをしよう。


 通りがかった司書に声をかけ、詩集や歌集のある部屋に案内してもらう。

 幾つかの本を開いてみるが、読めない文字で書かれたものや、表現が非常に難しい詩などもあり、ひとまずそれらは諦めた。

 7冊目くらいで、俺でも読める簡単な詩集を見つけた。


 ここでふと思った。そういえば俺は、別の世界から転生してきたという話だが、どうしてこの空想郷の言葉がわかったり文字が読めたりするのだろうか?

 おそらく、転生者をひっぱってくる魔術師たちがそのあたりは何かの術で適応させてくれているとかなのだろう。あまり気にしないことにした。


 近くの長テーブルに『詩人歌集 どうぶつのうた』という本を広げ、読みはじめた。

 内容はというと、ウサギが5つのリンゴを持って森を歩いていたが、キツネやタカやトラに1つずつ食べられていってしまう、というような歌だった。

 なんだこれは。


 その他にも、海を渡る鳥の歌や、横歩きで移動するのがいかに大変かをカニが愚痴る歌など、童謡のようなものばかりだった。

 これではとても戦えない。それとも、吟遊詩人として神の加護を受けているなら、童謡でも何かができるのだろうか。

 歌の横にはいろいろな記号が書いてある。多分音程とかリズムの記号なのだろう。

 小一時間『どうぶつのうた』を調べ、疲れてきたので本を棚に仕舞い、席を立った。


 ウェノラは、水術をさらに研究するため石板を読むと言っていたので、石板が所蔵されている部屋まで行ってみる。

 すると、ウェノラはテーブルに突っ伏してぐうぐう寝ていた。


「ウガガ…」ゆすって起こすと、ウェノラはうなり声をあげた。「…あ、ユーダイさん。調べ物は…終わりましたか?」

「童謡をちょっと覚えただけですね。大して収穫はないかなぁ。ウェノラさんは?」

「わたしは…ここ石のにおいが気持ちよくて、すぐ寝ちゃいましたね…ヒヒ。すっきりしたし、なんか食べに行きましょうか。」


 この人もたいがいだな、と思った。

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