大ネズミの洞窟

第10話 金目の物を探せ!

 洞窟の内部は、冷たく、黒く湿った岩肌は雨上がりに似たかすかな臭気を放っていた。ホタルのように淡く光る苔が点在しているせいで、洞窟内部の筒状の輪郭がはっきりわかる。


 ウェノラは洞窟に入ると急に静かになり、真剣な面持ちになった。しきりに鼻を動かしてあたりを確認している。

「何も気配はないですね…。照明をつけるのでちょっと待っててください。」

 ウェノラはそう言ってから、小声で呪文を唱えはじめた。


 俺は立って、待っていたが、冷たい微風に乗ってくぐもった・・・・・うなりのような、腹の中で胃腸が動くような、かすかな低い音が遠くから響いてくるのを聞いた。やはり気味の悪い場所だ。


 そうして警戒していると、突然あたりがふわっと明るくなった。

「術で照らしました。こうやって明るくしながら進みますよ。」ウェノラが奥に向かって歩きはじめる。俺も後をついていった。


 魔法の明かりが届かないところまで来ると、またウェノラが照らし、奥を目指す。それの繰り返しだ。

 俺はというと、ウェノラの指示に従って周囲に気を配っていた。通路の奥や天井や壁を監視して、魔物がいないか確かめる。そして、地面には何か金目のものや物品が落ちていないか。


 しばらく進むと、ウェノラが洞窟の奥を指さして言った。

「何か来ます…。壁にくっついて、じっとしててください。」

 俺たちが壁にへばりつくと、ウェノラはまた短い呪文を唱えた。すると白っぽい霧が発生して、俺たちはそれに包まれた。


 息を殺してじっとしていると、ひたひたと足音が聞こえ、何かが洞窟の奥から歩いてきた。それはトカゲだった。ちょっとした犬ほどの大きさがあり、黒っぽい体はぬらぬらしている。迫力があってかなり恐い。

 とはいえトカゲは俺たちに気がつかないようで、そのまま歩いて行ってしまった。


「今のやつ魔物ですか?」

 トカゲが見えなくなると俺はウェノラに聞いた。

「あれは温厚で、襲ってはこないと思うけど…念のためですね。怒らせて仲間を呼ばれたりすると厄介なので。霧消の術を使いました。魔法の霧に包まれて気配を消します。今後もこうやってやり過ごしていく感じですね~。」

「結構緊張するなぁ…。」

「なるべく早く換金できるものを見つけて帰りましょう。もし無かったらあまり奥に行かないで戻った方がいいですね。ダンジョン潜りで深追いは禁物ですから…。」


 さらに進むと、地面に何か落ちていた。骨だ。フライドチキンの骨のもっとでかいようなやつ。

「これはたぶん魔物の骨ですね~。」ウェノラが言った。「ほかの魔物に食われたのかもしれないです。これはまぁ…売れないですね。」


 骨を見送ってから、また歩いていくと、今度は…短い棒が落ちていた。

「あッ!やった…!」ウェノラがうれしそうな声を出して棒に駆け寄った。「ユーダイさん、これ、ワンドですよ。幸先がいいです。」


 俺はウェノラに手渡された棒、ワンドとやらをじっくり眺めた。硬い木材でできており、ところどころ金属の帯で補強してある。さらに何か、文字らしきものも彫りこんであるようだ。

「ワンド…って何ですか?」

「魔法の力がこめられた道具ですね~。彫ってある呪文を触りながら振ると、誰でも魔法が使えるんですよ。ものによって高く売れるのもありますよ。」

「誰でも…?俺でも?」

「そうそう。魔術師じゃなくても魔法が使えるので便利ですよ。」

「えー!じゃあこれ、当たりじゃないですか。…なんの魔法が使えるんですか、これ?」


 ウェノラはワンドをしばらく観察してから、首を横に振った。

「わかんないですね~。この文字も、暗号みたいなもので普通には読めないんですよ。これを作った人たちか、ある程度の鑑定技能が無いと…。」

「うーん。じゃあ使えないのかぁ。俺もこれを持ってれば戦力になれると思ったけど。」


「多少危ないですけど…」ウェノラが遠慮がちに言った。「実際に振ってみたら大体わかりますよ。」

「えっ。大丈夫なんですか?危ないって今言ったけど…。」

「おおかた大丈夫だけど、たまに大丈夫じゃないです。」

「そんないい加減な。」

「でも振った人に害が及ぶことはあんまりないから、やってみてもいいと思いますよ。」


 正直めちゃくちゃ不安だが、しょうがないので試してみることにした。

 ウェノラの指示通り、呪文の彫りに指を滑らせながら、少し遠くの壁に向かって思い切り振ってみる。

「エイッ!」


 刹那、ワンドの先から霧、もしくは水流のようなものが勢いよく噴射された。それは壁に当たるとジュジュジュという音を立てて煙を出し、鼻をつく、非常に強烈なにおいがあたりに充満した。

「ウエッ!ゲホッゲホッ…」

「ウッ!ゴホ…!」


 俺たちはふたりして咳込み、その場所から少し離れた。

 においが落ち着くと、ウェノラが言った。

「酸ですね、これ…。アシッドスプレーの術とかだと思います。酸術だとオベタル神か、マズアー・モグ神あたりかなぁ。」

「これ、強いんですか?とりあえず、においはすごいけど。」

「けっこう使えると思いますよ。値段もそれなりにつくと思います。持っておいて使うか、かねにして他の欲しいものを買うか。ユーダイさん次第ですね。」

「うーん、悩む。」


 ひとまずワンドがあれば俺でも魔物に対抗できるはずだ。俺は酸のワンドをしっかり握り、またウェノラについて歩いて行った。


 霧消の術で魔物をやり過ごしながら俺たちは少しずつ奥へ進んだ。もっとも、入口近くの低階層には大した魔物は出現しないらしく、大トカゲやコウモリ、ダンジョンの呼び名にもなっている大ネズミなどが出るだけだった。


 洞窟に入ってから1時間ほどは経った頃だろうか、ウェノラがぴたりと足を止めて壁をじっくりと眺めはじめた。

「どうしたんですか?」

「鉱石がありますね~!これ、いい流れですよ!」

 ウェノラが目を輝かせて、バッグから2つの小さな道具を取り出した。そして片方を俺に手渡す。

「壁、掘りますよ!」

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