第7話 魔術の神を求めて!

 それからはさんざんで、結局数日を棒に振ったのだった。


 落胆しつつ訓練場を後にした俺は、すぐに斡旋あっせん所を再訪した。魔術師にでもなれないものかと思い、相談してみる。

 だが斡旋所係員の表情は渋かった。魔術師はそう簡単になれるものではないから期待はしない方がよいと言うのだ。


 魔法、または魔術、術、などと呼ばれる技術は、神への祈りと学習により神の力の一端をあずかり行使するものである。魔術師や神官は神殿や教団での修行や、文献の研究などを経てその技を磨くのである。

 当座のお金を急いで工面しなければならない俺には、当然そんな余裕などない。


 とはいえ神々や教団によって個性は千差万別。簡単な呪文をすぐ教えてくれる神殿もあるかも…とのことだったので、俺はその可能性に賭けることにした。

 係員にいくつかの神殿を紹介してもらい、その足ですぐに向かった。


 神殿巡りには予想外の時間がかかった。というのも、さまざまな神の神殿はこの大都市ゴッタ・ガエースの各所に点在しており、東西南北あらゆる場所に行かなければならないからだ。中には都市の城壁外にぽつんと立つ神殿もあった。辻馬車を雇うこともできない俺は、ひたすらに歩いていくしかなかった。


 斡旋所を出ると手始めに、最も町の中心地に近い風神マイーズルの神殿を訪れた。大空のあるじにふさわしく、非常に高い尖塔をもつ神殿だった。

 神官は翼のある鳥人で、あたたかく迎えてくれたものの、やはり風術士を名乗るには相応の修業が必要とのことだった。俺は潔く諦め、次に向かった。


 長い距離を必死で歩いて町の西側の区域に入ると、竜神グ・レヴアルの火焔宮が目に入った。火山岩で建てられた、ものものしい神殿だ。

 竜の姿を染め抜いたケープをまとった神官に話を聞くが、魔術師の条件はやはり変わらずだった。なかなかに世知辛い。


 こうなると俺も意地になってくる。なんとかしてクラスに就いてダンジョン潜りをやるぞ。

 もちろん町の中で職を見つけても構わないのだが、あの街頭テレビで見たサード・ガーディアンの勇姿はいつの間にか俺の心の中で静かな火となって燃えていたのだ。


 火焔宮を後にすると同じ距離を歩いて宿屋に戻り、泥のように眠った。


 そして翌日も朝から神殿を巡る。

 猥雑な繁華街の路地裏のさらにその奥には、闇の神エンシの神殿があった。日の当たらぬ都市の洞窟のような場所で、道に迷いながらやっとたどり着いたものの、二度とまた戻ってこれる気がしなかった。

 神官は黒いクロークのフードを目深にかぶった色の白い女だった。顔以外を黒い衣服で覆った恐ろしげな外見に似合わず、気さくな人物だった。


 ここでは難しい条件を出されることもなく、心を込めてこの呪文を念じ、エンシ神に祈りが通じればそれで良し、と言って古そうな石板を渡してきた。

 悲しいことに、呪文を念じてみたものの何の反応も──かすかな音すら無かった。

「ダメそうねぇ、残念。」神官は申し訳なさそうに笑った。「全身黒ずくめで来れば神も応えてくださるかもしれないわね。エンシは黒がお好きだから…。」

 ところが俺には黒服を揃えるお金もないのだ。それとなく彼女が着用している服の値段を聞いてみたが…まったく無理そうだったので諦めた。


 次は狩人の女神バンクの館だ。東門からゴッタ・ガエースを出て北東へ進み、街道を少し外れると、広大な森林を背にバンクの館が見えた。重厚な木造建築だ。

 ウロコのある蜥蜴人ナガの神官が出てきたが、俺を一目見ると、すぐに帰るようにと言った。バンクは女しか神官として取り上げないらしい。男は神官の従者にしかなれず、それも蜥蜴人に限るようだ。蜥蜴人はバンクが作り出した種族、愛する子らなのだった。


 他にも幾つかの神殿や教団を訪問したが、成果はゼロだった。


 俺はまた失意のうちに宿屋に帰り、歩き続け疲れ果てた体をベッドに横たえた。


 翌朝、俺は広場を歩きながら、人々や町の様子をぼーっと眺めていた。眺めつつ悩む。

 魔術師がダメなら…。たとえば踊り子というクラスもあるようだ。ダンス教室で技術を習うようだが、踊りがいったいダンジョンで何の役に立つかはよくわからない。第一、俺のガラでもなさそうだ。

 己の腕のみを頼る、盗賊や観光客といったクラスもあるようだが…。俺なんかが手を出したらすぐに野垂れ死にそうな気がした。


 悶々としながら歩いていると水路が目に入った。水路は町の北に位置する山地から川の流れを取り込み、町中を巡っているようだ。

 水路の脇にぽつんと、小さな石の祠があるのに気づいた。祠は苔むしてところどころ欠けており、すっかり見捨てられているようにも見えた。

 何やら気になったので祠の中を覗いてみると、手のひらほどの大きさの女の石像があった。女は両手でカニをつかんで持ち上げている。カニ?


 俺はしばらく祠を眺めていたが、ふと視線を感じた。振り返る。

 犬っぽい獣人と目が合った。


「あ、こんにちは…。これが、気になります?」

 そう言って獣人は祠を指さした。

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