第5話 お金が消えた!

 斡旋あっせん所は大きな石造りの建物だった。正面の扉は開け放たれていて、幾人もの人が出入りしている。

 扉の左右には力強いタッチの壁画だ。高い冠をかぶった女が、無数に散りばめられた星の中から一つを指さし微笑む様子が描かれている。

「あの絵は、星々を見守る者ナカカだ。」ブレットが言った。「ナカカはあらゆる運命と出会いの神でもある。お前の前途に良い出会いがあるように、俺もナカカに願っておくよ。」


 ブレットにお礼を言って別れると、俺は斡旋所に入った。

 広いホールの中でぱっと目に入ったのは長いカウンターだ。カウンターには何人もの職員が控えていて、てきぱきと人々の相談をさばいている。


 俺は相談窓口の列に並んで順番を待った。職員と相談者の会話に聞き耳を立てていると、ダンジョン潜り仲間の募集とか、町での職探しだけでなく、失踪した飼い猫の捜索願いや、看板屋の紹介依頼など、ほんとうに多岐にわたる相談が寄せられていた。職員が必要事項を素早くメモしている。


 俺の順番が来ると、対応したのはエルフ男の職員だった。エルフの特徴は医者の爺さんに聞いていたので、すぐにわかった。すらりとした長躯に、大きくとがった耳。


「こんにちは。お名前とご用件をどうぞ。」彼は細長い指で木のペンをインクに浸し、書き取る用意をした。

「えーと…ユウダイと言います。この間、ここに転生してきて…。」

「おお、転生者ユーダイ殿ですな。話は伺っております。それで、これからどうなさるおつもりですかな?なんでもご相談に乗りますぞ。」


「まだちょっと決めてないんですけど。ダンジョン潜りをやるか、どっかで働くか…って感じですよね?」

「そうですな。ダンジョン潜りをなさるなら、ご自分にぴったりの『クラス』を見つけることが先決でしょう。」

「クラス?」

「剣士、格闘家、盗賊、魔術師、踊り子…。冒険のための役割や肩書といったことですな。もちろん町でご活躍なさるにしても、皆それぞれのクラスに就くのですが。例えば商人、コック、銀行家、大工、漁師、絵描き、徴税人、博徒…。わたくしなどは『仲介人』といったところですな。」


「どれでも好きなのになれるんですか?」

「クラスによりますな。剣士や格闘家をご希望なら訓練所の隊長に認められればあかしをもらえます。魔術師や神官ですと、神殿や教団で修業を積まねばなりませんな。盗賊や観光客などなら名乗り自由ですが…頼れるは己の腕一本という茨の道。わたくしはあまりお勧めいたしません。」

「この世界でも生きていくのは大変ですね…。どうしようかな。」

「もしユーダイ殿にこれといってご希望がなければ、ひとまず訓練場をお訪ねになるとよい。わたくしが紹介状を書いておきますから、明日の朝にいらっしゃい。町の西側です。武具を使った近接戦のクラスはダンジョン潜りの基本ですから、上級クラスへの転身にも役立つでしょう。適職でなければ他もご紹介できますから、いつでもこちらにどうぞ。」


 というわけで、次は訓練場とやらに行くことになった。

 外に出るともう日は落ちかけていて、広場や商店にはランプの灯がともりはじめている。

 宿屋を目指して商店街を歩いていると、怒号が聞こえた。

「お前ーーッ!!」

 雑貨屋からぱっと飛び出す人影があった。エルフの女で、粗末な服を着ていた。


「いてーなァ~!クソ!」エルフ女は転んで倒れ、店に向かって悪態をついた。

 すると店の奥から恰幅のいいおばさんが出てきた。鬼の形相だ。

「かわいそうに思って面倒を見てやったのに!とんだ仕打ちだよ、この泥棒!裏切り者!二度と顔を見せるんじゃないよ!」

 おばさんは手に持ったホウキでエルフを何度か叩き、ぶつぶつ言いながら雑貨屋の奥に戻っていった。


「大丈夫ですか?」俺はエルフに駆け寄った。

「ア?…ああ、平気平気。」

 はじめは何か虐待でもされているのかと思ったが、彼女は特に気にしていないようで、のっそりと立ち上がって服の汚れを払った。

 エルフ女はずいぶん痩せていて、肌は褐色でところどころ白っぽいぶち・・だった。髪も銀色と金色とが混じっている。背は俺より少し低い。


「ちょっとね…商品の薬でいろいろ実験してたらさ、バレて、盗んだとかなんとかギャーギャー言われてクビになったっつー話。うるせえババアだったし、どーでもいーや。じゃ、また…。」

 女はそう言って去ろうとしたが、フラッとよろけてしまい、俺の方に突っ込んできた。


「おっと!」俺は慌てて彼女を抱きとめて立たせた。「体は大丈夫?助けを呼びましょうか?」

「イヤー、ごめんね。平気平気。」

 エルフ女は俺の体を支えにしてまた立ち上がる。そしてへらへら笑いながら、足早に行ってしまった。

 空想郷もいろんな人がいるなと思いつつ、俺は宿屋に向かった。


 宿屋「五本樫ファイヴ・オークス」に入ると、主人は俺を歓迎してくれた。2階の小さな一室に案内され、俺はベッドに倒れこんだ。とりあえず一週間はタダで泊めてくれるという話だ。

 当面の費用のためにお金ももらっている。ところが金袋の中を確認しようとしてポケットに手を入れて凍りついた。なんだ、この感触は。


 おそるおそる見ると、俺が左手で握っていたのはただの石ころだった。

 金袋はどこだ!?

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