第2話 1人目:無力な転生者

「ダンジョン潜りって?」

 俺が尋ねると、炭色の爺さんはまたしばらく考え込んでから、説明しはじめた。


「アー、この世界はな、神々の力を借りる技術である魔法とか、大小さまざまな姿の凶暴な生き物とか、竜とか、そういうものがある。知っとるか?」

「魔法とか竜とか、わかる気がします。よく思い出せないけど、ゲームの世界っていうか…。」

「オー、それ。ゲームな。今までここに来た何人かが、同じことを言っておった。魔法や怪物や竜は、みんななぜか知っとるのよ。普遍の空想なのだ。よって、いつからか我らもこの自分たちの世界を『空想郷』と呼ぶようになった。ここまではよいか?」


 爺さんはそう言って、俺に話を反芻させながら、サイドテーブルのカップから水を飲んだ。カップは二つあり、爺さんは俺にも水を勧めた。

 喉が潤うと、爺さんはまた話しはじめた。


「サテ、つづけよう。ダンジョンというのは、この空想郷の各地に点在する、怪物と宝でいっぱいの場所だ。洞窟や、森、沼地、古い屋敷や城、砂漠…。そう、さまざまな形をしておる。怪物がいっぱいだが、みんな競ってダンジョンに入る。なにせ宝もたいそうなものだ。大儲けの夢がある。それに…。」

「それに…?」

「ダンジョン潜りたちは英雄なのだ。みんなが英雄の活躍を見たがっている。だから新しい人材をな、別の世界から連れてくるのだ。彼らは、興味深い過去や素晴らしい能力を持っていることがある。まあ、稀にな。ごく稀に…。」


「実際はほとんど活躍しないってことですか?」

「ウム、死んだときの衝撃のせいか、あるいはうちの魔術師たちの力量のせいか、それはわからん。だがほとんどの場合、記憶が飛んでおるのだ。ちょうどお前さんのようにな。」

「それでさっき、今回もダメとか言ってたんですね…。」

「ウム…。こればかりはお前さんの責任ではないがな。」


「いままで活躍した転生者はいるんですか?」

「ソウ、そうだな。はるか昔の勇者、最初の勇者といわれるイチハル卿が転生者だったのは有名だ。その他にも歴史に名高い人物が何人か。」

「今活躍している人も?」

「ウム、この町の練兵教官であるミラー隊長も転生者だな。戦いの心得を教えておる。二ヶ月前に万能の石板とやらを持ち込んでやって来た転生者もおるが…石板は電源がつかないとかなんとかで役に立たなかった。ダンジョン潜りを諦めて雑貨屋で店番をして働いておるよ。明るい、いい奴だ。」

「そうですか、なんだかこっちの世界も大変そうだな。」


 爺さんは長いこといろいろと説明したが、聞けば聞くほどわからなくなってくる。一体どうなってるんだ。俺は確かにほとんど何も思い出せないが、爺さんの話もよくわからん。からかわれているのかもしれない。あまり信用しないでおこうと思った。


 爺さんが部屋を出てからしばらく、途方に暮れたりウトウトしたりしていたら、窓の外が暗くなってきた。最初に会った女の人が部屋に入ってきて、ロウソクの火をつけた。かすかに明るくなる。

 外を確認してみたくなり、女の人に断って部屋を出た。廊下を歩き、建物入口のドアを開ける。薄暗がりの中で通りや他の建物が見えた。人もちらほら。


 そのとき、大きな、低い叫び声、咆哮のような音が響いた。俺はびっくりしてあたりを見回した。暗い空にはっと目をやった。

 大きな大きな黒い影。長い尾と、翼。天をく咆哮。


「竜だ…。」俺はうめいた。

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