枕の下からチョモランマ
野村絽麻子
毎度、馬鹿馬鹿しい噺をひとつ……
いやね、先月の研修旅行の話なんだけどさ。いやいや、研修っつってもそんな大したこたぁない。ちょっと観光して分かったような顔して、温泉入って酒飲んで馬鹿話して寝るってぇ、普通の旅行みたいなもんだよ。落研の研修なんてのに期待しちゃいけねぇ。
宿泊先もひなびた良〜い感じの旅館でさ、ご飯の時は小皿に乗った惣菜が「これでもかっ!」って並ぶもんだからテンション駄々上がり。実際の内容は大したもんでもないのよ? なんか、あれは何なんだろうね? 目の前の卓に惣菜が所狭しと並んでるとこう、独特の高揚感が出るもんだねぇ。
そんな訳で酒もすすんで、馬鹿話もたいした意味もないくせに盛り上がって、気持ち良くなったところで温泉。体がポカポカして、眠〜くなって戻ってくるってぇと部屋には布団が敷いてある。ごろんと寝転がれば、おやすみ二秒ってもんです。
皆んなが寝静まった後のこと。
俺らが大人しーく寝てるとさ、寝てる時くらいしか黙ってない連中だってのに、山邑の奴がさぁ。
「んぐががが……んごごごごぅ……」
あれは何なんだろうねぇ。俺は最初、山鳴りかなんか起きてんのかと思って目が覚めちまったわけよ。
「んぐががが……んごごごごぅ……」
音の発生源が異様に近い。山鳴りじゃ、ない。
「おいおいおいおいっ、何だよコレ」
パッと飛び起きてみるってぇと、豆電球の下で同じように寝入り端の顔を突き合わせた。
「お前か? いや、お前じゃないな」
「誰だよ五月蝿ぇな」
「……あー、こいつだ。山邑」
「おい、山邑、山邑っ」
「……駄目だ、起きやがらねぇ」
終いには山邑を囲んで車座になって座ったりして。「山邑のイビキどうしてやろうか会議」が深夜の旅館で開催ですよ。
「布団ごと引き摺って部屋の外に出しちまうってのはどうだい?」
「重いだろこれ。いわゆる巨漢だもんでこんなイビキかいてんだもん」
「んじゃ、濡らしたティッシュを顔の上に、そうっと……」
「いやいやいや、それ死ぬやつだわ! 殺人事件起きてどうするのよ! 金田一もコナンも杉下右京も泊まってねぇんだ、勘弁してくれ!」
「んー、駄目かい? そんじゃ、こういうのはどうだい?」
芦沢の奴が一冊の雑誌を鞄から取り出して、山邑の枕の下にスッと差し込んだ。
「枕を高くするとイビキが止まるって話だろ?」
「なるほど! その手があったか!」
「雑誌なら他にもあるだろ!」
「よーし! 突っ込め突っ込め!」
「来る時に読んでた本も入れとこ!」
「旅館のメニュー表あったぞ!」
「タウンページ置いてあった!」
「土産物のお菓子の箱!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「ちくしょ! まだ止まんねぇのか!」
「ほらよ、座布団だ!」
「ついでだ、俺の枕も入れちまえ!」
「面倒くせぇ! 布団も丸めて入れろ!」
「ほらよ! ちゃぶ台だ!」
「備え付けの冷蔵庫だ!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「くらえっ! 脱衣所の籠だ!」
「ほらよっ! マッサージチェアだ!」
「どっから取ってきたそれ」
「細けぇこたぁ良いんだよ!」
「床の間の花瓶だ!」
「裏庭の自転車だ!」
「駐車場のクラウンだ!」
「ジープだ!」
「四トン車だ!」
「どっから取ってきたそれ」
「細けぇこたぁ良いんだよ!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「近くの動物園の熊だ!」
「キリンだ!」
「サイだ!」
「オラァッ、ゾウだ!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「観光地の湖にあったアヒルのボートだ!」
「遊覧船だ!」
「道の駅だ!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「新幹線だ!」
「飛行機だ!」
「空港だ!」
「んぐががが……んごごごごぅ……」
「えーい、しゃらくせぇ! 日本が世界に誇る、世界文化遺産の富士山だ!」
「…………ん? 富士山だって?」
「おいおい、山は止めときなァ。山なんか取ったらすーぐに朝日が昇っちまう」
枕の下からチョモランマ 野村絽麻子 @an_and_coffee
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