悪魔のせいにするなかれ悪しき人の子よ

 実際のところ、救いの代償は安くはないから、持たざる者には手が届かないことが殆どだ。


 誘惑は都合よく現れる。

 連中は往々にして、ぎりぎり手の届きそうな代償を要求してくる。救われたいと願う者の心の好きにつけ込んで。


 だから、耳を貸さないでほしい。


 なんて、言えない。

 藁にも縋ろうとする貴方を、この手で突き落とすことなど、できはしない。


 ああ、そうか。私も呑まれているのだ。卑劣な連中の策の内に。


 さっきから胸の真ん中を握り潰されている。息は吸い込めるけど吐き出すのが苦しい。額が重い。眉が持ち上がらない。足首は曲がったまま、つま先は上を向いたまま、筋がおかしくなりそうだ。

 両肩が、溶岩のように熱い。


 どうしてくれよう、この怒り。

 残酷な運命への。

 卑劣な誘惑者への。

 無力な自分への。


 畢竟、救われたいのは私なのだ。

 卑劣なのは私なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る