第29話 喫茶店

 里帰りとは言え普段フェイトらが住んでいる都内のマンションとの距離は電車で一時間強。

 そのため用事があれば頻繁に戻ってくることもあり、翌日には開の家を出て仕上げとなる地元の喫茶店に二人は向かった。

 時刻は11時手前でブランチには丁度いい頃合い。

 平日でもランチタイムでは客も多くなるが、まだ客が少ない時間なのはデートとしては居心地も良い。


「いらっしゃい。久しぶりだなお姫様」

「加藤くんもすっかり喫茶店のマスターが板についたわね」

「そうそう。俺たちが付き合い始めたときには客商売を舐めているとしか思えない態度で接客してたくらいだし」

「ガキじゃないんだから昔の失態を掘り起こすんじゃねって」

「それに開よ……お前も人のことは言えんじゃろうて」

「な、なんで居るんだよアンタは」


 この店のマスター、加藤清史郎はフェイトとは高校時代の同級生で、彼女に惚れていた数いる男子生徒の一人である。

 そのため憧れのお姫様を射止めた開には今でも態度がよろしくない。

 そして同じく彼に対して不満がある男がこの日は店に来ていた。

 カーディガンを羽織った老婆を伴った凄みのある和装の老人。

 彼は刀鍛冶という生業や長年独身で過ごした後に遠縁の外国人を養女として育てた変わり者として近隣でも顔が知られている。


「あら、来ていたんだ? おじいちゃん」

「そういうフェイトこそ。こっちに来ていたんなら家に顔くらい出さんか」


 フェイトがおじいちゃんと読んだ通り彼が育てた養女とはフェイトのこと。

 愛染総司は孫同然のフェイトのことを溺愛するがゆえに、フェイトの恋人である開には不満を持っていた。

 一緒にいる老婆は石神喜代子という彼の幼馴染。

 以前は孫の勇と二人暮らしをしていたのだが、孫は独立し住んでいたマンションが解体された今は、総司の住む一軒家に内縁の妻同然の関係で住み込んでいた。

 フェイトがわざわざ実家に顔を出さなかったのは喜代子との二人暮らしを邪魔したくないというお節介から。

 だが会いたくなかったわけではないので、こうして外出先で顔を合わせるのは彼女には嬉しい。


「おばあちゃんとの愛の巣を邪魔しないほうが良いかなと遠慮しただけだって。会えて嬉しいよ、おじいちゃん」

「口がうまくなって……フェイトちゃんも大人になったわね。入籍は来年だったかしら?」

「ええ……一応の予定は」

「総司くんには遠慮することはないから、今のうちに子供を作るのも良いと思うわよ。開くんはこういうところではヘタレそうだから、既成事実を作っちゃうほうが確実だし」

「おいおい喜代ちゃん、そう焚き付けるのは程々にしておくれ」

「総司くんもこの子が可愛いのはわかるけれど、いつまでも子供扱いは良くないわ。今じゃ二人とも立派な大人なんだから。一緒に暮らすようになってからだいぶ経つんだし、とっくにしているんでしょう?」

「やめてくれ喜代ちゃん」


 暗に妊娠するようなことをしろと言う喜代子の言葉を聞いて、両耳を塞ぐのは総司だけではない。

 マスターの清史郎も並んで同じ反応をする姿を見て、フェイトはフフフと笑みをこぼした。

 一方の開は狼狽える男二人を煽るよりも喜代子に言われたことを想像して顔を赤らめるばかり。

 既に男女の関係とはいえ開は喜代子が睨んだ通りにこの手の話ではヘタレる。


「フフフ。立ち話もなんだし、そろそろ注文してもいいかな?」

「そうよ清史郎ちゃん。この程度で狼狽えていちゃイサムくんが生きていたら叱られるわよ」

「そうじゃそうじゃ」

「さっきまで一緒に狼狽えていた爺が言えたことかよ」

「なんじゃと。親に喧嘩を売るつもりか?」


 自分を棚上げにして清史郎を煽る総司を開はなじる。

 女性陣としては同レベルの口喧嘩なのだが、不満があるのでこうして反発する割には開に対して「親」を自称する総司にフェイトは親心を感じ取っていた。

 まだまだ未熟な部分のある開に文句をつけるものの、彼との関係を本心では認めているのだろうと。

 おじいちゃんと呼ぶようにフェイトにとっての総司は祖父であって父親ではない。

 だが本物の父親も生きていたら同じような態度で開に接したのだろうなと、舅のような祖父の態度に記憶もおぼろげな父の姿をフェイトは重ねた。


「おじいちゃんたちは放っておいて……ナポリタンとブレンドを2人前ね」

「オーケイ!」


 食材を取るためにカウンターを離れる清史郎としては、偉大な祖父と比較してダメ出しをした総司と少し距離を取れて渡りに船か。

 フェイトは未来の夫と舅の言い争いをBGM代わりにして注文が到着することを待つ。

 この店のナポリタンは秘伝のレシピで人気を箔した老舗であり、久々に味わう故郷のグルメにフェイトもつい喉を鳴らしていた。

 そのかすかな音を喜代子の耳は逃していない。

 まだまだフェイトも子供なのだろうと、老人の立場で皆を見る喜代子は微笑んだ。

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