第23話 家庭教師トライバン
ウインドロッドは複数の山が折り重なる山岳地帯で、フェイトが最初に登った練武場がある場所は麓から見た最初の山である。
レオナの力で山三つ先まで一気に飛び越えた先にある古城に降り立つと、立派な装飾が施された城の奥にある書斎に念願の彼が待っていた。
眼鏡をかけた年齢を感じさせない優男。
彼が元勇者で家庭教師のトライバンらしい。
「先生。お客さんだよ」
「わかっていますよ、ショウ」
いの一番で書斎に入ったショウの言葉に訳知り顔で答えるトライバンは、フェイトの来訪も知っていた様子だ。
「ようこそウインドロッド城へ。私が家庭教師のトライバンです。長旅でお疲れでしょう。まずはこれを」
「あ、ありがとうございます」
トライバンは書斎のテーブルに置かれていたティーポットから、まだ湯気が出るほどアツアツの紅茶を淹れてフェイトに差し出した。
まるで今この瞬間にフェイトが来るのを見透かしているように的確な温度なのがカップにふれるだけでフェイトにもわかる。
なまじ先の無礼があるからこそ、全てを見越した上で毒か何かを盛られるのではと、フェイトはつい警戒してしまった。
受け取っても口を付ける様子のないフェイト。
ショウも「どうしたの?」と心配する様子に、トライバンはフェイトの内面を見抜いた。
「いやあ、ハハハ。申し訳ない」
だがフェイトに不快感を与えないためなのだろう。
彼の態度は道化のようだ。
「キミは私を疑っているようですね。安心したまえ。この通り、何も入っていません」
トライバンは証拠とばかりにフェイトに淹れた紅茶の残りを自分のカップに入れて飲み干す。
だが毒を警戒するのならばカップに仕込むのも定番のため、フェイトとしては余計に警戒してしまう。
「それに私の生徒が迷惑をかけたことは素直に謝りましょう。キミはあの二人を見てこう思ったんじゃないでしょうか──元勇者トライバンの正体見たり。腕試しに乗じて来客を殺そうとする快楽殺人者を野放しにする悪漢か──と」
(まるで心の中を覗いているかのようにピッタリね)
「その顔は図星。しかも言い回しまでピタリと言ったところでしょうか」
ここまで当てられると、フェイトとしては気色が悪い。
思わず汚いものを見る目を向けてしまうのだが、トライバンはそれもやむなしの表情である。
「ですがこれは私も素直に受け入れざるを得ません。いやはや、流石は神託者を導くブラフマーエージェントです。今回はキミのことを利用して申し訳ありませんでした」
ここでトライバンはフェイトの来訪をブラフマンから事前に聞いた上で、彼女を荒療治に利用していたことを白状した。
曰く、古株の弟子であるユルゲンとフジマ。
彼らの独善的なやり過ぎを嗜める方法に悩んだトライバンにとって、フェイトという部外者は格好の材料だったそうだ。
単純に力の差を見せるだけならば、この場にいる他の三人でも構わない。
特にショウの潜在能力はトライバンの全盛期をも大きく上回っているそうなのだが、身内相手では負けたところで「勝てない相手だから仕方がない」と、考えを改めないのが目に見えていた。
かと言って彼らを追い出してしまうのは忍びないし、情を抜きにしても暴走した暴れ馬を解き放つ危険性も大きい。
こうなればレオナの付き合いで、最近噂の神託者パーティを呼ぶしかないかと考えていたところ、今回の話があったそうだ。
「なので授業料や出張費用はいただけません。さあ、早速ですが参りましょうか。授業を頼みたい生徒は何処でしょう?」
事情を聞いてフェイトは大きなため息をつくとともに、今回のアフターケアにていつもよりもブラフマンからの小言が少なかったことを思い出す。
今回はブラフマンとトライバンにフェイトは担がれていたわけだ。
「本当ならば彼も一緒に連れてくるところだったんですが、麓の街で立ち往生をしたので置いてきました。一応宿屋で待っているようには言ってありますけれど、逃げていないか心配ですね」
「麓の宿屋と言えば……ああ、ルミント家が経営している宿ですか」
「たしかに店主はそんな名前だったかと」
「あそこの娘さん……フローラさんは私の教え子の一人でして、通信魔法で今でも連絡を取り合っているんですよ。ちょっと確認してみましょうか。もしもし、フローラさん……」
フェイトは途中まで一緒に来ていた相模のことを伝えたが、別れた際の様子では最悪逃げ出している可能性もある。
そこで泊まっている宿が教え子の家だと察したトライバンは魔法で連絡を入れた。
トライバンが親指と小指を立てて電話のポーズをすると、3秒ほどで麓にいるフローラ・ルミントと魔法がつながる。
彼が簡単に事情を雪渓したところ、まだ相模は部屋にいるということで、向かっている間に絶対に逃げないように、トライバンはフローラに言いつけた。
これで脱走する心配はないらしい。
「では生徒の居場所もわかったことですし、向かいましょうか。とりあえず練武場まで皆を連れて行って頂けませんか、レオナ」
「どうせなら麓まで送るわよ。ショウくんとたまにはデートしたいし、なによりそろそろユルゲンかフジマが起き出して面倒になるし」
「ではそれでお願いします」
「レオナとデート? 久々で楽しみだ」
「わたしもよ、ショウくん」
こうして変身前に抱き合って色ボケた様子のレオナに連れられて、フェイトは相模が待つ麓の街に帰還した。
登るときはあれだけ苦労をした道のりも、大きな竜の背に乗ればあっという間である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます