第24話 神託者カズト
麓に向かってレオナが空を飛ぶ頃、ルミントの宿屋では相模が一人閉じこもっていた。
(家庭教師をつけるだとかもう面倒だよ。この世界の連中とは誰にも会いたくない)
フェイトからは逃走を危惧されていた相模だが逃げる心配はなかった。
対人関係で思い悩む彼が望むのは元の世界への帰還。
帰っても誰も待っていないし、脱走した元傭兵という経歴を考えれば今でも捜索されている可能性もある。
それだけ汚いことを仕事でやり続けた末での逃避先だったオーザムから逃げ出したくなった自分の姿を鏡で見るたびに、彼は吐き気が込み上げていた。
本音を言えば様子を伺ってくる宿屋の人間すら遠ざけたいが、下手に揉めて戻って来たフェイトに見捨てられたら帰る術がない。
だから彼には大人しく待つことしかできないでいた。
「失礼しますよ。君がサガミくん……いいや、カズトくんで間違いないですかね?」
そんな心を閉ざした彼のドアを蹴破る胡散臭い声。
なまじフェイトの勧誘に乗ったことで今の状況にいる相模は飛び退いて警戒し、ストレージから取りだした精霊の武器を構えた。
その武器は使い慣れた銃の形状。
だが心の様子を表すかのように薄汚れていた。
「それが神託者が精霊から託されるという武器ですか。いやはや、キミには少し過ぎたる武器のようだ」
武器を向けられたトライバンはその汚れを見ると、飄々とした態度で腕をひねって奪い取った。
「なっ!?」
「せっかくの武器が汚れていますよ。それに身だしなみも崩れていて、キミの荒んだ心を表しているようだ」
「そ、それは……」
「ブラフマンがキミを私に預けたいと言った意味がわかりましたよ。キミに必要なのは居場所だ」
「わかっているさ、そんなことは。だから俺はもう故郷に帰りたいんだ」
「それは嘘ですね」
「……アンタに俺の何がわかる?」
「もちろん見てきたかのように。キミは絵物語に出てくるような戦士に憧れて、女手一人で自分を育てた母を捨てて、平和な国から危険な国に向かって傭兵になった。そしてキミは居場所を失った」
トライバンの語った話は事実である。
彼の生家、ジニアール家に伝わる算術で相模の過去をシミュレートしたトライバンは、正しく見てきたかのように彼の過去を語り続けた。
実際に見たわけではないが概要は道中にフェイトから聞いていたので、そこからの予測に狂いはない。
「傭兵ぐらしに熱中して、母の死目にも会わなかったのは単なる不幸と言えるでしょう。しかし久々に帰国をすれば母は既に亡くなっており、生家も遺品も思い出すらも何も残っていないのは堪えるでしょう。それからキミは傭兵になった過去を悔いるようになった。もし傭兵にならなければ……もし母と一緒に暮らしていれば、彼女は死ななかったのではないかと」
「あ、ああ」
独特なトライバンの抑揚には催眠魔法に近い効果があるようだ。
次第に過去の世界に意識が旅立って、トリップ状態になった相模は彼の語る推測の過去を事実だと認めていく。
「最後に任務を放棄しての大脱走。このままでは捕まってケジメ取らされる。そんなところに渡りに船な転職の手を差し伸べたのが、ブラフマンだったと言う事ですね」
「そうだ」
「逃げるようにこの世界に来て、神託者としてギルドでもチヤホヤされて、最初はさぞ心地が良かったことでしょう。しかし甘い時間もつかの間……相棒には見捨てられ、次のパートナーを探しても反りが合う人間は居ない。それは仕方がないことでしょう。異世界人として、向こうの現実から逃げて夢物語に憧れているだけのキミと、この世界の常識の中で現実に生きる冒険者たち。それらの認識に溝があるのはさもありなんです。この世界で他人に触れるたびに深まる溝に嫌気が差したキミは、今度はあれだけ逃げ出そうとした元の世界に帰りたくなっている。私だって逃げたいときもあります。キミのそういう気持ちを否定するつもりはありません。ですが……逃げたところでキミの問題は解決できませんよ」
「だったらどうすれば良いんだ!」
トライバンに誘導された相模の叫びは心の奥底からのもの。
一種のノイローゼ状態の彼はオーザムという世界の人間すべてが嫌になり、内面を誰にも吐露出来ない。
だが面妖な話術を操るトライバンはそんな彼の心を抉じ開けた。
30歳を超えたいい歳の大人が年甲斐も面目もなく泣き崩れる。
そんな彼の背に手を伸ばして抱きしめたトライバンは最後の一押し。
「だから私がキミの居場所になりましょう。ウインドロッドには私以外にも仲間がいますよ」
大泣きをした相模が落ち着くまでしばしレオナとショウは街でデートと洒落込んで、落ち着いたところで変身したレオナが彼を城にまで連れて行った。
ひとまずトライバンに相模を預けるという目的は無事達成できたし、今後はストラーストーンでトライバンの元にも一直線。
しばらく相模はトライバンに預けて様子見し、頃合いを見て経過を伺うべきか。
念のため報告を兼ねてブラフマンに連絡を入れたフェイトは宿代を払ってから、歳下の彼が待つ我が家に帰った。
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