第13話 準備
小次郎とフェイトの二人が執事に案内された部屋は、これから及川の屋敷に住み込みとなる小次郎のために用意された場所だった。
室内には冷蔵庫とキッチンが完備されているのだが、彼がいたアイゴーには電気も水道もない。
初めて見る設備に困惑する小次郎に対してフェイトは内心面倒だとは思いつつも、彼を連れてきた手前、それを顔には出さず彼に手解く。
流石はアイゴーでも随一の料理人なのだろう。
フェイトが機器の使い方を説明すると、小次郎は水を吸うスポンジのように頭に叩き込んでいく。
彼の素直さや意欲の高さの理由が、まさか自分にあるとは思わないフェイトは感心するだけである。
「なかなか初めての仕掛けが多くて、覚えるだけで一苦労でござるよ」
「そんなふうには見えませんよ。むしろ機械の類を今日初めて触ったのに、そんなに容易く覚えてしまうことが驚きです」
「いやあ……フェイトどのに褒められると、お世辞とはいえなんだかこそばゆい」
「お世辞じゃないですって」
「そう拙者に遠慮しなくても。それよりも、手始めに茶を淹れたので、一息付きませぬか?」
「ありがとうございます」
小次郎が淹れた茶はこの部屋の棚に用意されていたパック入りの市販品。
フェイトも同じ商品で淹れた茶は日頃から飲んでいるのだが、小次郎のそれは渡されたカップから漂う匂いの時点でモノが違っていた。
一口含んだだけで溢れる「美味」の声。
その微かな声を聞いた小次郎は拳を握りしめて小さく歓喜を表した。
「口にあったようで良かった」
「口に合うも何も、私が普段自分で淹れているときよりも断然美味しいですよ。同じ茶葉なのにどうして?」
「湯の温度にコツがあるのでござるよ。これのように煎茶の場合は沸騰した温度から少し冷ましたくらいが丁度いい」
「なるほど。私は温度なんて気にしたことがなかったので、いつもポットの温度そのままで淹れてましたよ」
「それだと熱すぎるのでござろうな。見たところこの道具の中では沸騰直後に近い温度を保っているようなので」
お茶に合わせて棚にあった煎餅も齧っての一休みを挟んだところで、小次郎は早速仕事に取り掛かることにした。
本音を言えば彼はもう少しフェイトとのティータイムを楽しみたかったのだが、あまりダラダラしていてフェイトにだらしがないと思われたくないという気持ちからの行動である。
調理に使うヒグマを狩りに行く前の準備として、屋敷の倉庫に向かった二人はそこで武器を探す。
中には及川が若い頃に収集した様々な武器がくもり一つない状態で保管されており、いくつかの刃物はフェイトも自分が欲しくなるほどだ。
そんなコレクションの中から小次郎が選んだのは、鉈のように肉厚な刀身をした、長さ四尺強の大太刀。
見るからに重そうなその刀を細腕で軽々と持ち上げる小次郎は、見た目より剛腕らしい。
「弓とか銃とか、飛び道具は要らないんですか?」
「他には狩った獣をここまで運ぶのに使う担架と人手があれば充分でござる。ヒグマはカムイの同類という話でござるし、飛び道具は毒矢にでもしないと効き目はないのでござるよ」
「なるほど。まあ、それだけ大きな刀を振り回せる腕力と、カムイを気絶させた技があれば、そんなものは不要なのも当然ですか」
「ハハハ」
フェイトの褒め言葉に照れて、顔を赤らめながら小次郎は刀を鞘に納めた。
あとはヒグマが出没する森の奥に向かうだけ。
この森には人間は入り込まないし、衛生から監視されているわけでもないので、この行為を咎められる者は無し。
食するためにヒグマを狩るというのはフェイトにとっては初めての経験だが、小次郎にとっては他の獲物を狩るのと大差がないのだろう。
屋敷から一歩外に出て、自然の空気を胸いっぱいに吸い込んだ彼の顔にはくもり一つなかった。
準備は万端。
隣には憧れの人もいる。
あとはヒグマなる獣を狩るだけだ。
「それでは行きましょう。ついてきてください、フェイトどの」
「機械の使い方と違ってヒグマの居場所なんて私には案内できませんよ。私が一緒に行っても邪魔になるだけでは?」
「あなたが一緒ならば上手く行く。そんな予感がするのでござる。拙者のわがままに付き合わせるのは忍びないのでござるが」
「そこまで言うのなら」
たしかにフェイトは同行したところでやれることはない。
せいぜい小次郎がヒグマに殺されそうになった場合に、横から手助けができる程度。
逆に自分が襲われて、彼の足を引っ張る可能性もある。
だが彼がお願いするのだから仕方がないかと、フェイトは小次郎の頼みを聞き入れた。
根拠はないが、そのほうが彼は実力を発揮できる。
そんな予感を胸に秘めて。
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