第15話 これからも、一緒に
今日の朝、ウィロウさんから聞いた話では、ミアは騎士団によって万引き犯として逮捕され、「綺麗になりたかっただけ」と罪を認めようとしなかった。
家宅捜索をすれば、グレースのコスメを十点以上も万引きしていて、さらに殿下の誕生日用の香水も万引きしたものだったそうだ。
その罪は重く、ベルクルーズ王国である第二王子にも被害を及ぼす可能性もあったため、もう牢からは出られないらしい。
万引きのことも、私の婚約者を奪おうとしたことも、きっちり牢の中で反省してもらおう。
「殿下、喜んでくれるかしら」
ノア殿下の誕生日を知ったのは最近だったけれど、当日はちょうど休みを取っていた。
この国では誕生日にお祝いパーティーを開くのは、国王陛下、王妃のときのみらしい。
だからノア殿下の生誕祭! みたいな感じのパーティーを開くことはないから、ゆっくり夕方頃に夕食の準備をすればいいだろう。
ノア殿下は誕生日だというのにも関わらず、仕事で忙しく朝食も一緒に摂ることができず、おめでとうも言えなかった。
十五時頃、私はミネストローネを作る。
今月の旬の野菜や、定番の野菜をたっぷり入れて具沢山にした。
ウィロウさんの働きで、今日はノア殿下の部屋で二人で食べることになっている。
クッキーはアイシングクッキーにして、この国の言葉でお誕生日おめでとうと書く。
お誕生日だし、と一応ケーキも作って、殿下の仕事が終わって部屋に戻るまでに自分にメイクを施すことにした。
「ノア殿下のお誕生日だし……少し、キラキラさせようかな。あ、でも……殿下はナチュラルメイクのほうが好きなのかな……」
何も言われたことがないからわからない。いっそすっぴんのほうがいいのだろうか。
悩みに悩んで、私は薄いミルクティー色のシャドウにキラキラのゴールドのグリッターライナーを乗せたメイクにした。
唇は赤すぎないように、ベージュ系のリップを塗る。
チークも抑え気味にして、ハイライトもマットなものにした。
主役はノア殿下だ。
私が目立ちすぎても殿下は良く思わないだろう。
「……ノア殿下、今よろしいですか?」
料理を乗せたお盆を持ちながらドアをノックして、殿下の返事を待つ。
ノア殿下は、「クロエか。入れ」と許可してくれて、ドアを開けて部屋に入った。
初めて入ったノア殿下の部屋はきっちり整頓されていて、派手じゃなくシックな家具でまとめられていた。
「ウィロウから聞いたが、今日は俺の部屋で夕食を食べるのだろう? どうしたんだ?」
「その……ノア殿下のお誕生日ですから、お祝いしたくて」
改めて言うと恥ずかしい。
少し視線を逸らしてテーブルに料理を置く。
ミネストローネにパン、サラダ、アイシングクッキー、ケーキ。
全て手作りのものだ。
時間はかかったけれど、ノア殿下に食べてもらいたいと思って作ったから、苦じゃなかった。
ノア殿下は料理を見て、驚いたように目を瞠っている。
「これらは、クロエが作ったのか?」
「は、はい。お誕生日おめでとうございます、ノア殿下。そ、それとこれ……誕生日プレゼントです」
私が笑って祝い、プレゼントを渡すと、ノア殿下は……ふっと微笑んだ。
初めて見た、嬉しそうな微笑みだった。
「ありがとう」
目を合わせてお礼を言ってくれる。
その整った顔に見つめられると顔が熱くなってしまって、思わず目を逸らした。
「プレゼントは開けてもいいか?」
「あ、はい。お願いします」
気に入って貰えるだろうかと、ドキドキしながら袋を開けていく殿下を見守る。
中に入っていたイヤーカフを発見すると、ノア殿下は嬉しそうに笑った。
「……ありがとう。こんな美しいものを貰えるとは、思っていなかった。……つけてくれるか?」
「はい……へ!?」
「俺一人じゃ耳につけるのは難しい。つけて欲しい」
「へぁ……は、はい……わかりました……」
異性、しかも婚約者にイヤーカフをつけるなんて、恥ずかしいことこの上ない。
ノア殿下からイヤーカフを受け取ると、殿下が耳につけやすいように屈んでくる。
顔が整っている男性は耳も整っているんだな、なんて変なことを思ってしまう。
ドキドキ鼓動がうるさくて、殿下に聞こえていないだろうかなんて焦る。
「……クロエ?」
「……! 失礼致しました、いますぐお付けしますね」
ノア殿下の耳に触れる。
耳輪は僅かに硬くて、耳たぶは福耳なのかとても柔らかい。
そっと、ゆっくりイヤーカフをつけていく。
緊張して手が震えて、時間をかけようやくつけ終わると、殿下が背を伸ばした。
私を見つめて、さらっと淡いプラチナブロンドの髪を揺らし、首を傾げる。
「似合うか?」
「え……っと、と、とても、お似合いです……」
イヤーカフを身に着けた殿下は、さぞかし美しかった。
リマルンが上品に輝いて、他の装飾がシャラシャラと音を立てる。
見惚れてしまうほどに、綺麗だ。
「……そう言われると、嬉しい。それじゃあ、食事をいただこうか」
ぼうっとノア殿下を見つめていた私は、料理を作ったことをすっかり忘れてしまっていた。
ノア殿下が椅子に座り、一口ミネストローネを口にする。
美味しくできただろうか。
一応、何度か味見はしたのだけれど……。
殿下はもぐもぐと咀嚼したあと飲みこんで、また綺麗に口角を上げた。
「……美味しい。クロエは仕事だけでなく、料理も得意なのだな」
「あ……ありがとうございます」
頑張って作ったものを褒めてくれるのは、素直に嬉しい。
今日の私はウィロウさんに手伝ってもらうこともなく、精一杯化粧やヘアメイクを頑張った。
料理は褒めてくれるけれど……やっぱり、スキル『魅了』は無効みたいだ。
料理を褒めてくれるだけでも満足するべきなのに。
なのに、私は悲しくなってノア殿下を見られず、俯いてしまう。
「どうした? クロエ」
「い、いえ……その……」
お誕生日なのに空気を乱すのは嫌だろう。
私は意を決して口を開いた。
「私、ノア殿下の婚約者にはふさわしくないでしょうか」
「いや? クロエが婚約者で良かったと思っているが」
「へ……?」
頑張って今まで聞けなかったことを聞いたというのに、ノア殿下は何を当たり前なことを言っているんだ? というような口調でさらりと即答した。
え? え、どういうこと?
私たちって、形だけの婚約者なんじゃないの?
「で、でも、可愛いとか、何も全然……」
「好いてもいない相手から可愛いと言われても、不快なだけではないのか?」
「でも、会いに来なかったし……」
「家庭教師からの教育を邪魔したくなかったし、仕事で疲れているだろうと思ったから行かなかった。……不安に思っていたのなら、すまない」
「え……ええ?」
な、なんだかこの人……相当不器用?
もしかして、スキル『魅了』が無効っていうのは……。
『君が思っている通りだ。『魅了』が無効な条件は、元からその人が君を可愛いと思っているか、というものだ』
『か、神様!?』
急に神様から脳内に直接話しかけられ、びっくりして天井を見上げてしまう。
『元からずっと可愛いって思っていたり、好きだって思っていたらそりゃあ、スキル『魅了』は必要ないだろう? 君のお客さんにも無効の人が何人かいたが?』
『は、早く言ってくださいよおおお!』
『応援しているよ。婚約者として、恋も仕事も頑張ってくれ』
『そんなぁ! 無茶です!』
「何を百面相しているんだ」
「い、いえ、なんでもないです……あはは……」
ノア殿下に不審に思われたらしく、神様は引っこんでしまった。
私が軽く笑って自分の分のミネストローネを頬張っていると、不意に殿下がくすりと笑う。
「百面相をしているお前も、可愛らしいな」
「か、かわ……っ、えっ……!?」
「俺は以前からクロエのことを可愛いと思っていた。クロエが婚約者で良かったともな。仕事を懸命にこなしている姿は、とても尊敬している。意地悪な客がいたら懲らしめようと思っていたが、そういう奴はいなかったようだな。今まで不安だったのなら、これからたくさん『可愛い』と言おう」
「へ、あの、えっちょっとま……っ」
「これからも、婚約者としてよろしく頼む」
ノア殿下が微笑みながらこちらを見てきて、私はますます混乱してしまい、野菜が気管に入って噎せてしまった。
神様、仕事は順調ですが、恋は前途多難になりそうです。
なんとなくですが……ノア殿下とはこれから仲良く(?)なれそうな気がします。
これからもお仕事に励んで、神様の言うとおり、恋愛も頑張っていこうかな……と思います。
ノア殿下と婚約者として、これからも過ごせますように。
そしてこれからも大好きなグレースのコスメを、みんなに届けられますように。
転生したら美容部員でした~スキル「魅了」で人々をお救いします!~ 碓氷唯 @kisaragi
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