第13話 万引き犯って、貴方だったのね
◇◇◇
そして、誕生日の数日前。
「こんにちは! 今日はオススメのコスメはありますか? 私、あれから彼氏と上手くいってて! また違う雰囲気のメイクをしたいと思って、探しに来たんです!」
「ごきげんよう、クロエさん。貴方が私にメイクを施してもらった日、旦那が若返ったなあって言ってくれて。もっと化粧品を買おうと思って、また来たわ。オススメはある?」
「こんにちは、クロエさん。実は俺、あのあと告白したら上手くいって……。それで食事をしても落ちにくいリップを探してて、来てしまいました。絶対この、グレースで買いたいと思ってて」
なんと、リピート客だらけ。
新規客にも今日はタッチアップしたけれど、十八時まで大忙しになりそうだ。
「順番にお伺い致しますね。お客様、彼氏さんと上手くいっているようで良かったです。どういった感じのメイクがしたいなど、ご希望はありますか?」
「えっと……前に、メイクが濃すぎるからナチュラルメイクを希望していたんですけど……なんか、彼氏どんなメイクしても可愛いって言ってくれるんで、秋の濃いメイクに挑戦したいです!」
うんうん、幸せそうで良かった。
私は新作の赤みがかったブラウンのアイシャドウを勧める。
「こちらは粉質も良く、真ん中にアイシャドウベースがありますので、それを最初に塗れば発色が綺麗に仕上がりますよ。右下にイエローのラメも入っておりますので、下瞼に塗れば紅葉のようなアイメイクが出来ます」
「わあ……! すごい! でも、イエロー系のラメって、普段使いもできますか?」
私は手の甲に化粧品を塗るハンドデモをし、イエローのラメを見せる。
「こんな風に、ハッキリイエローに発色するのではなく柔らかく発色しますので、たくさん重ね塗りしないと黄色のアイシャドウを塗っているとはわかりません。ほんのりイエローに色づくという仕上がりになります」
「本当だ! すごく自然なイエローラメですね! じゃあ……それにします!」
「かしこまりました。他に何かご覧になられますか?」
「うーん……とりあえずそれで、お願いします」
「かしこまりました。では、レジに案内致しますね」
お客様は赤みブラウンのアイシャドウを買っていき、他の人も待機していたのでそちらにもオススメのメイクを案内した。
秋の新作をなるべく売るようにして、今日はアイシャドウと眉マスカラ、ミルクティー色のネイルがたくさん売れた。
「クロエさん、お疲れさま」
「店長! お疲れさまです」
店長のフィービーさんが出勤してきて、私ににこりと笑顔で話しかけてくる。
フィービーさんも優しい人で良かった。
職場の人間関係に恵まれているから、私はここでずっと働き続けたいと思ってしまう。
売り上げも伸びているし、あとは万引き犯が捕まってくれればいいんだけど……。
フィービーさんは今日の売り上げを見た後、私に向き直った。
「いつも軽々とノルマをクリアしてくれるわね。再来月あたりに、グレースのシニアになるのはどう? こんなに早くキャリアアップする人も、見たことないけれど」
「えっ!?」
美容部員にはキャリアがあって、ジュニア、シニア、リーダー、店長と段階が踏まれている。
大体シニアは入社二年目~三年目くらいでなれるものなんだけど……。私は、まだ働いて数ヶ月程度しか経っていない。
「私でいいんですか?」
「ええ。社長にもとんでもない売り上げを叩き出す人が来たって言っておくわ。給与も上がるから、これからも頼むわね」
「あ……ありがとうございます!」
なんと、異例のキャリアアップだ。
こないだウィロウさんからこの国のキャリア事情について聞いたことがあるけれど、外国の飛び級と同じように売り上げの成績が良い人ならすぐにキャリアアップするそうだ。
だから、私もこのグレースで必要とされている存在だと思うと嬉しかった。
言ってしまえば、スキル『魅了』のおかげで成績を伸ばせたのだけど……。
神様ってば、とんでもないものを私に与えたのね……。
でも、肝心の婚約者であるノア殿下には全く効かない。
どうしてなんだろう。
退勤したら神様に聞いてみようかしら。
でも、神様って気まぐれにしか応答してくれないからなぁ……。
今度脳内で呼びかけて答えてくれたときに、聞いてみよう。
「……!」
そのとき不意に、アイシャドウをカバンに入れる人が見えた。
あれは会計をしていない、店頭にあったアイシャドウだ。
「お客様、少しよろしいで、すか……ミア?」
私が逃がさないように腕を掴むと……なんと、ミアだった。
ミアは顔を真っ青にさせ、後ずさる。
「ミア、カバンを見せてもらってもいい?」
「ち、違うの、これは、別に……」
「ミア、カバンの中を見せて」
私が強い声色で言うと、ミアは渋々カバンを見せた。
その奥に……店頭にあったアイシャドウが入っている。
ミアは「違う、違うの」と必死に自分の罪を否定していた。
「これはお会計していないアイシャドウよ。テープがついていないもの。万引きね」
「い、今会計するつもりだったの! 本当よ!」
「じゃあどうしてわざわざカバンに入れたの? すぐにレジに持っていけばいいじゃない」
「……っ」
ミアは目を泳がせて、私が掴んでいる腕を振りほどこうとする。
その抵抗に、私は呆れてはぁっとため息を吐いた。
「香水店も万引きに遭ったと聞いたわ。この店も最近万引き被害に遭ってる。全て、貴方のせい?」
「ち、違うの! これは、あたし、ただお姉ちゃんみたいに綺麗になりたくてっ」
「だからってお金も支払わずに盗むだなんて、やってはいけないことよ。店長! 今すぐ騎士団を呼んでください!」
「……っ!」
「あ……!」
私が声を上げて店長を呼ぶと、ミアは渾身の力で私の手を振りほどき、出入り口のほうへ走り出した。
万引きしておいて全て罪を否定して、その上逃げ出すなんて、なんて卑怯なの……!
「待ちなさい、ミア!」
私も走って追いかける。
店員が店内を走ることは禁じられているけれど……今は緊急事態だ。
ミアは思ったよりも足が速く、もうすぐで百貨店を出てしまう。
「待って! 罪が重くなるわよ!」
私が声を張り上げてもっと速く走ろうとした、そのとき。
「きゃっ!」
ミアの悲鳴が聞こえ、何かと思えばノア殿下がミアの腕を掴んでいた。
ノア殿下はたくさんの護衛を連れて百貨店の出入り口を少し入ったところに立っている。
どうしてノア殿下がここに……? という疑問は置いといて、私はノア殿下に呼びかけた。
「殿下! その人は万引き犯です! 捕えていてください!」
「ああ、わかった」
ミアは焦りに焦って唇の血色もなくなり、冷や汗が額から流れ落ちている。
「ノ、ノア殿下は許してくださいますよね……? だって、あたし綺麗になりたかったんですもの。それに、あたし、ノア殿下に誕生日プレゼントも用意してるんですよ。だから……」
「許すわけないだろう。それに誕生日プレゼントもいらない。……イラエ、連れて行け」
イラエと呼ばれたノア殿下の護衛が、ミアの腕を抵抗できないように拘束して馬車へと連れて行こうとする。
「ま、待ってくださいノア殿下! あたし、私ノア殿下のことが大好きなんです! お姉ちゃんよりあたしを選んでいただけませんか、ノア殿下!」
この後に及んでまだそんな戯言を言うのかと私は呆れてものも言えなかった。
ノア殿下も呆れ果て、吐き捨てるようにため息を吐く。
ノア殿下はミアをしっかり見つめて言い放った。
「何度も言っているが、俺はクロエの婚約者だ。クロエと婚約破棄して、お前を婚約者に迎え入れようなど一つも考えていない。ましてや、万引きなどする不届き者を愛するつもりなど毛頭ない。罪を裁いて反省するといい。最も、お前のような反省を示さない態度の者など、牢から出てこなくていいがな」
「……っ!」
ノア殿下のハッキリとした言葉にミアは絶望の表情を浮かべ、わあっと泣きだした。
でも、百貨店のお客さんもノア殿下の護衛も私も、もちろん誰も同情などしない。
護衛の人が百貨店から泣き崩れるミアを引っ張り出すと、騎士団がちょうど到着した。
そのままミアは騎士団に連行されていき、大きな泣き声が次第に聞こえなくなっていった。
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