第11話 男性メイク
◇◇◇
「おはようございます」
「おはようございまーす」
お披露目パーティーが終わってから数週間。今日も今日とて仕事だ。
秋メイクの新作が登場し、その検品作業をする。
今回はカーキ色のアイシャドウや、グレージュの眉ペンシル、ベージュ系のリップが入荷した。
検品作業を済ませ、パフやブラシを綺麗にしていると、「あの」と声がかかった。
「すみません、お聞きしたいことがあるんですけど……」
綺麗めの服装の男性で、髪もセットしていてオシャレな雰囲気だ。
百貨店の化粧品売り場は女性ばかりだから居心地が悪いのか、声を潜めて聞いてきた。
「何かお探しですか?」
「は、はい。その……男なんですけど、メイクに興味があって。でも、何からすればいいかよくわからなくて……」
男性が自信なさげに言う。
そういえば、前世でも男性もメイクするようになっていたわよね。
よくSNSで見かけていた。
男性はこげ茶色の髪色で、髪のセットや服装的にも日本でいう地下アイドルのようなメイクは求めていないはず。
あくまで顔がぱっと映えるナチュラルなメイクを求めているように思う。
男性は後ろや横で女性が通り過ぎるたびに身体を縮めていて、居心地悪そうにしていた。
「ぜひ、メイク致しましょう! こちらの椅子に座っていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい」
「一つ一つ、メイクの用途を説明しながら施していきますね。男性がメイクに興味を持っていただけるのは、私たち美容部員にとってとても嬉しいことです。ぜひ、メイクの楽しさを知っていただけたら幸いです」
私が微笑むと、男性は安心したように笑ってくれた。
私はメイク用品を持ってきて、男性に一通り説明する。
「では、ベースメイクから施していきますね。まず、下地を塗ります。こちらの少し肌が白くなる、保湿成分がたっぷり入っている下地を塗っていきますね。
……次に、コンシーラーで髭の剃り跡を隠すととても肌が綺麗に見えますよ。
髭の剃り跡は、最初にオレンジ系のクリームチークを塗った後にコンシーラーを塗ると、かなり見えづらくなります」
「へえ、初めて聞きました」
「ぜひ、お出かけの際に試してみてください! 後は薄づきのパウダーを塗って、ベースメイクは完成です」
「……確かに、肌がすごく綺麗に見えますね。髭の剃り跡がないだけでも、こんなに綺麗に見えるんだ……」
男性が感心しながら鏡で自分の肌をじっくり見つめる。
「今日はどこかにお出かけですか?」
「そうですね。気になっている女性がいて、今日何回目かのデートなので告白しようと思ってて……。でも、自信がないのでメイクをしようと思ってたんです」
わー! 青春だ! 若いっていいな! 私も今世では若いけど!
「メイクをして、ぜひ自信を持ってデートしましょう! 恋が実るように応援しています! 私、気合を入れてメイクしますね!」
「あはは、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う男性を見て、こちらもにやにやしてしまう。
気を取り直して眉ペンシルを手に取って、男性にメイクを施していく。
「お客様の眉は整っておりますから、眉毛の薄い眉尻の部分にペンシルで少し描くだけで、印象がぱっと明るく見えますよ。
その後は、こちらの薄い色のシェーディングパウダーで鼻の彫りを少しだけ深くしましょう。
先程使った眉ペンシルで若干涙袋を描いて……ベージュ系のリップで血色感を足して、完成になります! いかがでしょう?」
「うわ……すごい、いつもよりかっこよく見えます。ありがとうございます!」
メイクが完成した男性は、する前より垢ぬけて見えた。
特に男性は薄い色のリップで唇の血色感を少しだけ足すと顔色が明るく見える。
涙袋も強調することで目元がはっきりして、かっこよく仕上がるのだ。
男性は、先程私が施した化粧品を全て購入すると言ってくれた。
パウダーがもう一つ欲しいと言っていたから、店頭で新作のパウダーを紹介しようとしたのだけれど……。
「あれ?」
新作のパウダーが、一つなくなっている。
お客様、この男性以外に来たっけ?
男性にメイクする前はあった気がするんだけど。
でもそれ以降レジに誰も来てないよね?
今日一緒のシフトの部員さんがいつの間にか担当してくれていたのだろうか。
今日、私は十八時上がりでクローズではないから、レジ閉めは私の担当ではない。
問題がなければいいのだけど……恐らく、他の部員さんが私の気づかないうちに担当してくれたのだろう。
「貴方のおかげで、好きな人に告白する勇気が出ました。本当にありがとうございます!」
「いえいえ、とんでもないです。応援しています!」
男性は幸せそうに笑って百貨店から出て行った。
こうやって笑顔でお礼を言われると、ここで働いて良かったなあとやりがいを感じる。
パウダーの件で少し違和感を抱えたまま、私は十八時まで働いた。
帰宅すると、ミアが私の部屋の前でにこにこ笑って立っていた。
……嫌な予感がする。
ミアが私に対してそうやって満面の笑みを浮かべているときは、嫌味を言うときだ。
「お姉ちゃんおかえり~! お仕事お疲れさまぁ」
「ありがとう。……ミア、貴方いつも王宮にいるけれど、学園の宿題はちゃんとやっているの?」
「えー? あたしは第二王子の婚約者の妹なんだから、そんなのやらなくていいし。だからクラスメイトに頼んでる」
……こういうときだけ、私の立場を利用するのね。
自分がノア殿下の婚約者になりたいくせに。
胸の内にドロドロとした怒りや呆れが迫り上がってきたけれど、それが口から出る前に飲みこんだ。
「お姉ちゃんお仕事頑張ってるね。でも、もうすぐノア殿下のお誕生日よ? 仕事ばっかりしていていいのかしら?」
「……えっ」
もうすぐノア殿下のお誕生日!? 聞いていなかった。
ノア殿下からも知らされていないし、ウィロウさんも特に何も言っていなかった。
お披露目パーティーの衣装が届いたときといい、予定をギリギリまで教えないのはいかがとは思うけれど、ウィロウさんも婚約者の誕生日くらい把握していると思っていそうだ。
さすがにお祝いしないとまずいだろう。
というより、私もお祝いしたいし。
「あたし、お誕生日プレゼント買っちゃったんだよねぇ~。喜んでくれるといいんだけどな」
「……」
「お姉ちゃん、あげないと嫌われちゃうんじゃない? でもまあ、ノア殿下ってお姉ちゃんと全然喋らないし、既に嫌われてそうだけど」
くすくすっとミアが笑う。
私が言い返さずに無視して自室に入ろうとすると、「それじゃあね~!」と棒読みで手を振って去って行った。
「……はぁ」
どうしてミアがノア殿下に誕生日プレゼントを買うのだろう。私の妹というだけの関係性なのに。
気を取り直して、私は次の休日に誕生日プレゼントを買いに行くことにした。
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