第10話 ミアのアピール
「クロエ・フォーマッジ様、初めまして。私は王都から東にあるルペリー地方の領主を担っております、伯爵のリベルア・フェンと申します。ぜひノア殿下と共に我がルペリー地方にお越しいただきたく――」
「クロエ・フォーマッジ様、初めまして。私は養蚕業を営んでおります侯爵の――」
「クロエ・フォーマッジ様、お初にお目にかかります。私はアーベ地方の領主である――」
パーティーが始まった途端、ノア殿下に挨拶した人たちが次々とこちらにも挨拶してくる。
微笑みながら当たり障りのない会話をすると、貴族たちは満足するように去っていく。
これで、私はノア殿下にふさわしい婚約者だと思われているのだろうか。
不安だ。
なるべく敵は作りたくないんだけど……。
「ノア、久しぶりだな。元気にしていたか?」
「……ああ、ダニエル」
二人の間に、ダニエルと呼ばれる銀髪の男性がやってきた。
そういえば、前にノア殿下が執務室で会ってくると言った人だ。
深い緑色の瞳で、背丈はノア殿下より低く、涙黒子がある。
隣には金髪の美人な女性が立っていて、私と目が合うとにこりと微笑んでくれた。
ダニエルと呼ばれた人がこちらを向いて手を胸にあて、お辞儀をしてくる。
「申し遅れたね。王宮ではあまり顔を合わせなかったかな? 俺はこの国の第一王子、ダニエル・ベルクルーズだ。ノアの兄だよ。こっちは俺の婚約者のシャノン・ウェミリー」
「……! 申し遅れました、私はノア殿下の婚約者である、クロエ・フォーマッジと申します!」
第一王子だとは思ってもいなくて、急いでドレスの裾をつまんで挨拶する。
でも、ダニエル殿下はくすりと笑って「いいよいいよ、顔を上げて」と気楽に言った。
「そんなに固くならなくていいよ。俺の大事な弟の婚約者なんだから。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願い致します、ダニエル殿下……」
「ほら、シャノンも挨拶して」
ダニエル殿下が婚約者のシャノンと呼ばれた人に挨拶するよう促す。
シャノンという女性は、ゆっくりドレスをつまんで鈴を転がすような声音で挨拶してきた。
「お初にお目にかかります、ダニエル・ベルクルーズ殿下の婚約者である、シャノン・ウェミリーと申します。爵位は公爵になりますが、ノア殿下からよくクロエ様の話は伺っておりますので、仲良くしていただけたら嬉しいです」
え、ノア殿下が、私の話を……?
どんな話をしていたんだろう。
すごく気になるけれど、ノア殿下に直接聞くのも気が引ける。
「よろしくお願い致します、シャノン様」
私も挨拶したけれど、シャノン様の言葉が気になって仕方なかった。
ダニエル殿下とノア殿下が昨今の話をし始め、私とシャノン様が会話から取り残される。
ダニエル殿下は終始ノア殿下に笑顔で話しかけているし、ノア殿下は笑ってはいないけれど明るい雰囲気で話していて、とても仲の良い兄弟だということがわかった。
「あの……シャノン様」
「どうかされましたか?」
「その……ノア殿下は、私のどんな話をされているんですか?」
聞くなら二人が話しこんでいる今しかないと思い、シャノン様に聞いてみる。
普段ノア殿下と私は全然会話をしない。
会うときといえば夕食のときくらいで、その他は離宮の廊下ぐらいでしか滅多に会わない。
シャノン様は私の問いに驚きの顔を見せたあと、ふふっと口元を押さえて笑った。
「王宮でお会いするたびにたくさん話されていますよ。クロエ様は百貨店で美容部員として働いていらっしゃるのでしょう? その仕事をとても頑張っているとか、仕事と家庭教師の指導ばかりだから少しは休んでほしいとか、他にも今日のメイクが――」
「シャノン嬢。ダニエルが呼んでいる」
「あ……それではクロエ様、またの日にお話しいたしますね。今度お茶会に招待しますわ」
ノア殿下に話を遮られ、シャノン様はダニエル殿下と料理が並べられたほうに行ってしまった。
ダニエル殿下はシャノン様の腰に手をあててエスコートしている。きっと、こちらも仲が良いのだろう。
それよりも、ノア殿下がそんなことを話していたなんて……。
顔が赤くなって、上手くノア殿下の顔を見られない。
少しは休んでほしいとか、そんなこと思ってくれていたんだ。
形だけの婚約者だけど、きっと一応自分の婚約者なのだから気遣いはしてくれているのだろう。
その優しさに、ちょっぴり胸が温かくなる。
「……」
「……」
二人になった途端沈黙が訪れてしまって、気まずい。
貴族との挨拶はほぼ済ませてしまったため、やることがない。
「あ、あの、ノア殿下。料理でも召し上が――」
「お姉ちゃーーん!!」
急に大声で呼ばれて、思わず振り向く。
そこにはやっぱり、ミアが手を振って走ってここにやってきていた。
そういえば私の妹だからという理由で、このお披露目パーティーに平民ながらも参加できたのだっけ。
「ミア、この会場は走っちゃダメよ」
「えー? でも、お姉ちゃんに早く会いたくて……」
嘘だ。だって視線の先は、完全にノア殿下だもの。
ミアは胸元をさらけ出した衣装を着ていて、完全にノア殿下を誘おうとしているものだった。
今だってはあはあと息を吐いて前屈みになり、胸を強調している。
しばらく息を整えたあと、私には見向きもせずにノア殿下のほうを向いた。
「やっぱりノア殿下、とってもかっこいいですね! 髪が金色ですから、白の正装がとてもよく似合っています!」
「……そうか」
「お姉ちゃんってばこんなかっこいいノア殿下の婚約者で羨ましい~! お姉ちゃんにはもったいないくらいだわ」
それで、私にはもったいないけれど自分には釣り合うと思っているのでしょうね。
嫌味を言いたくなったけれど、拳を強く握って我慢する。
貴族たちもミアの登場に若干ざわついていたけれど、ミアは気にも留めなかった。
「ねーえ、ノア殿下」
ミアは甘ったるい声を出して、私の目の前でノア殿下の腕に自分を絡める。
婚約者の前であり得ない行動をしだして、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
「あたし、ノア殿下と今度王都を回りたいなー、なんて、思ってて……」
「お前は俺とクロエの披露目のパーティーだというのに、随分と品のない衣装を着てくるんだな。そんな奴と俺は王都を回る気はない」
「……」
「帰れ」
ノア殿下は冷たい声音で言い放ち、自分に絡めていたミアの腕を振りほどいた。
ミアは顔を真っ赤にして、私の横を通り過ぎるときに舌打ちする。
そのまま走るなと言ったのに全速力でヒールをガツガツ鳴らしてホールから出て行ってしまった。
「料理でも食べよう」
「え、ええ。そうですね」
ノア殿下はよほど触られたくなかったのかミアが触れていた腕の部分をぽんぽんと払った後、私と共にバイキング形式の料理を取りに行く。
誰かと目が合うと挨拶されるから、私は微笑み返す。
「なんと、ノア殿下の婚約者は美しいのでしょう」
「平民ですが、とても品のある方ですのね」
「髪もお顔も綺麗で、ノア殿下の婚約者にぴったりですわ」
挨拶を返すと、そんな声が聞こえてくる。
貴族の方たちは褒めてくれるのに。
殿下にはスキル『魅了』を使っても何も言ってくれない。
殿下は私に興味がないのだ。
気遣いはしてくれるけれど、私のことは可愛いともなんとも思ってくれていないのだろう。
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