第9話 お披露目パーティー


◇◇◇


 仕事をこなして数週間、今日は殿下との婚約お披露目パーティーだ。

 一応神様に自分にメイクを施しても『魅了』が効くか聞いてみたけれど、効く、と答えてくれた。


 無効の場合の条件も知りたかったのだけれど……途中でウィロウさんが部屋に入ってきたから声は聞こえなくなってしまった。神様って意外と人見知りなのかな。


 自分にメイクを施しても『魅了』が効くと知れたから、今日は張り切ってメイクをしようと思っている。


 いや、別に、殿下に好きになってもらいたいとか、そういうのじゃなくて……。

 一言可愛いって言ってもらえたらなって思ってる、だけだから。


「ではクロエ様、真っ直ぐ前を向いていてください」


 ウィロウさんにそう言われて前を向くと、衣装のチャックを閉められる。


 品のあるこのドレスは少し動きにくいけれど、カメリア色でお披露目パーティーにはとても目立つドレスなんじゃないかと思った。

 ……最も、私と殿下は形だけの婚約者なのだけど。


「メイクは自分でやるから大丈夫よ」

「かしこまりました。廊下でお待ちしていますね」


 ウィロウさんが部屋から出て行って、衣装部屋から自室のドレッサーの前に座る。


「さて……どんなメイクをしようかしら」


 転生する前のクロエもメイクが好きだったみたいで、ある程度のコスメ一式は揃っていた。


 衣装はカメリア色の生地に、金色の刺繍。

 私の髪色は何度かブリーチしたような明るいミルクティーベージュだ。

 瞳は桃色。日本でいうイエローベースだろう。


「衣装を目立たせたいから、コーラルピンクとピンクブラウン系にしようかしら」


 早速肌にピンク系の下地を塗っていく。

 ああ、若いから肌も綺麗。

 スキンケアもウィロウさんや他の侍女たちから毎日施されるから、つるつるのたまご肌だわ。


 衣装を目立たせるために、ファンデーションは肌がワントーン明るくなるものを。  

 コンシーラーはしっかりカバーできるものに。

 パウダーはラメが入ったもので、華やかに仕上げる。


 眉ペンシルと眉マスカラはピンクブラウンにして、後に使うアイシャドウと合わせる。


 アイメイクは、まずアイシャドウベースを塗って崩れないように。

 お披露目パーティーなのだから、メイクが崩れたら悲惨なことになる。


 コーラルピンクとピンクブラウンのアイシャドウは繊細なラメとツヤ感があるものにして、美しく仕上げる。

 パーティーだし、メイクも濃くしたいのでアイライナーはピンク系のものではなく、ブラウン系のものに。


 睫毛もしっかり上げて、ブラックのマスカラを塗り、束感を作っていく。

 遠目から見てもキラキラと輝いている目元にしたいから、黒目の下にピンクゴールドのグリッターライナーを仕込む。


 ハイライトもしっかり乗せて、目元が濃いためチークは薄く。

 リップはピンクベージュのもので上品に。


「……うん、これでいいかな」


 メイクができたため、ウィロウさんを再び呼び、今度はヘアメイクをしてもらうことにした。

 ……これで、『魅了』は効くのだろうか。


「お綺麗ですよ、クロエ様!」

「……ありがとう!」


 全ての準備が整った私は、鏡で見ると自分で言うのもなんだけどとても綺麗に仕上がっていた。

 仕立て屋が作ってくれた衣装もとてもスタイルを良く見せてくれるし、ウィロウさんが施してくれたヘアメイクもすごく可愛い。


 ミルクティーベージュの髪を三つ編みに結わいて片方の肩に垂らし、そこに色とりどりの花飾りを散りばめている。

 前髪も巻かれていて、少し動けば目元のグリッターがキラキラと輝く。

 歩くたびに衣装の裾がふわふわと揺れて、上品だ。


 向かう先は王宮の一階にある大ホール。

 よくそこで貴族のお茶会や夜会を開いているらしく、今回は私とノア殿下の婚約お披露目パーティーに使われる。


「ノア殿下はお先に大ホールの前でお待ちしていますよ」

「わかったわ」


 高いヒールを鳴らして廊下を歩く。

 ノア殿下は、私の姿を見てなんと言ってくれるだろう。

 期待半分、不安半分という感じだ。

 少しでも褒めてくれたら、私は嬉しい。


「ノア殿下! お待たせしました」


 大ホールの扉の前に立っていたノア殿下に話しかける。

 ノア殿下は白いタキシードを着ていて、その美しさにドキッとしてしまう。


 私のほうを振り向き、プラチナブロンドの一本一本細い長髪がさらりと揺れる。

 俳優のように整った顔が私を見ていて、今までに出会った男性の中で一番かっこよく、本当に『王子様』だった。


 緊張してしまって、上手く目を合わせられない。


「……ああ、行こう。もうみんな待っている」


 ノア殿下は私からふいっと目を逸らして、そのまま扉を開けようとしていた。

 って、まてまてまて! えっ、私の姿を見て、何も思わないの!?


 いや、私もノア殿下のこと恥ずかしくて何も言えないから人のこと言えないけど!

 ノア殿下は平然と扉に手をかけていて、それ以上何も言わない。


 これって……スキル『魅了』が、効いていないってことだよね……?


「ベルクルーズ王国の第二王子、ノア・ベルクルーズ殿下と、婚約者のクロエ・フォーマッジ様がお目見えです!」


 司会の方が高らかに声を上げ、私とノア殿下が入場する。

 レッドカーペットの上を二人で歩く。

 足がもつれないよう、姿勢を崩さないように、ゆっくりと。


 口角は少しだけ上げて、真っ直ぐ前を向く。

 ウィロウさんにも家庭教師にも、仕事終わりに何度も教わった。


「あれが、ノア殿下の婚約者……」

「平民とは聞いていたが、とても美しい……」


 遠くで私を値踏みする声が聞こえる。

 これから始まるパーティーでいろんな貴族に挨拶をしなければならないのが、なんとも億劫だった。


 階段を上り、ノア殿下の父、国王陛下であるバージル・ベルクルーズの前に立ち、ドレスの裾を掴んでゆっくりお辞儀をする。

 その後前を向いて、私たちを見つめる貴族たちを見下ろした。


「今日は私たちのパーティーにご参加いただきありがとうございます。皆さまと親睦を深めたいと思っております。今日はごゆっくりお過ごしください」


 品のあるゆっくりとした喋り方で、私は告げる。

 そのあとノア殿下も挨拶して、パーティーが始まった。

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