第8話 ブルーメイク
◇◇◇
今日は正午から出勤だった。
午後九時までの労働。閉めの作業もする予定だ。
制服に着替え終わって髪もぴっしり決めて出勤する。
すると、何故か昨日のお客さんや、研修のときにタッチアップを行った人が部員に詰め寄っていた。
私を見かけると、みんなが駆け寄ってくる。
え、なに!? どうしたの!?
「三週間前くらいに、私の眉をカットして下さった方ですよね!?」
「は、はい。そうですが……」
「旦那に褒められたんです! 垢ぬけたねって! それ以降、旦那との仲も良くなって……」
「わ、私、クロエさんにメイクしてもらったあと好きな人とディナーに行ったら、告白されちゃったんです! すごく可愛いって言われて……。ここのコスメ、また買いたいです! オススメはありますか?」
「私も同窓会でみんなから美人になったって褒められたんです! 馬鹿にしてきたサバサバ系の友人も、謝ってくれたんです! 嬉しいです、またこのメイクをしますね! 今日はこれを伝えたくて……」
「あ、ありがとう、ございます……」
な、なんだ、この褒められようは。
私がメイクしただけで、こんなことってあるの?
驚いて固まりお礼しか言えない私に、お客さんたちはオススメのメイクを教えてほしいと詰め寄ってくる。
部員の人たちが「順番に対応致しますので」と言って今月の新作を紹介してくれていた。
ま、まさか、これが神様の言っていた……。
『スキル『魅了』が効いたようだな』
『か、神様っ!?』
驚いた声を上げないように口を押さえて、頭の中で神様と会話する。
『君の中にあるスキル『魅了』は、君が人間にメイクを施したり、相手に勧めた化粧品に宿る。私が与えた『魅了』は、何も誰彼構わず効くものではない。その相手が可愛く見られたい、綺麗に見られたいと思った相手にのみ効く。ちなみに、全く効かない無効の者もいる』
『む、無効の者?』
『そうだ』
『どうして無効になるの? その条件とか――』
「クロエさん、お客様の対応お願いします。私は他のお客様にオススメのコスメを教えておきますので」
部員に呼ばれ、ハッと仕事に戻る。
神様はそれ以上何も言うことなく、私は部員に言われた通りに傍にいるお客さんの対応をすることにした。
「まあまあ、可愛らしいメイクたちねぇ」
やってきたお客さんは、六十代くらいのおばあちゃんだった。
おっとりとした喋り方で、仕草も上品だし、身に着けている洋服やジュエリーも高価そう。恐らく、貴族の女性だろう。
おばあちゃんはキラキラと光るアイシャドウやチークを羨ましそうに見つめている。
「いかがでしょうか? このレッド系のリップなど、お似合いだと思いますよ」
「いえ、私は……夫にこの歳にもなってメイクをするなんてって、言われてしまったから……」
なんてことを夫は言うんだ!?
私は怒りを抑えるように拳をぎゅっと握りしめた。
「お客様、女性は何歳になってもメイクをしていいのですよ」
「え……」
「好きなメイクをして、外を歩いたり友人とお茶をしたりするのが楽しくありませんか? 女性は何歳になったって綺麗でいたいものです。それに、メイクは自分を好きになる楽しみの一つでもありますよ。今でもお客様はとてもお綺麗ですが、いかがでしょう? メイクをして楽しんでみませんか?」
「まあ……」
おばあちゃんが口元に手を寄せて嬉しそうに微笑む。
そして、そっと青色が入ったアイシャドウを指さした。
「なら、このブルーが入ったアイシャドウを試してみたいわ。淡い色で、とても可愛らしいから使ってみたいの」
「かしこまりました! こちらのアイシャドウは粉質が良く、目元を華やかに見せてくれますので、ぜひ使っていきましょう。ご案内致しますね」
おばあちゃんをライトアップされた鏡の前の椅子に座らせ、化粧品を用意する。
おばあちゃんが指さしたアイシャドウは、淡い湖のような色のアイシャドウと、薄いピンクパールのシャドウ、桜色のシャドウ、少し濃いブルーアイシャドウの四色のパレットだ。全体的にパステルカラーになっている。
六十代くらいの女性は、明るくて鮮やかな色のアイシャドウが似合う。
このアイシャドウもおばあちゃんに合うだろう。
「ベースメイクも施しますか? 肌が綺麗になりますよ」
「本当? じゃあ、それもお願いしたいわ」
「かしこまりました」
このくらいの歳の女性は、ベースメイクでツヤ感を出すと余計に凹凸が目立ってしまう。
だから、肌馴染みの良い色のクリームタイプのファンデーションを使うのがベストだ。
コンシーラーで染みはしっかり隠して。
仕上げにパウダーをブラシを使ってうすーく顔全体に塗っていく。
パウダーをパフで肌に塗ってしまうと、数時間後に罅割れしてしまう可能性がある。だからブラシで薄づきにするのだ。
アイシャドウは上まぶたに薄い水色のアイシャドウを塗っていく。
目尻には濃いブルーアイシャドウを。
それだけでは締まらないため、締め色として少しだけ濃いブラウンを二重幅に塗る。
眉も明るいブラウンを施す。
頬の外側に少しだけチークを入れて、顔色を良くしていく。
最後にローズピンクのリップを塗って完成だ。
「完成致しました。いかがでしょう?」
「まあまあ! 十歳くらい若返ってるみたい! 肌がとっても綺麗だわぁ」
「こちらのクリームファンデーションはよれにくくカバー力もしっかりある、当店でも人気のファンデーションとなっております。パウダーも、マットでとても綺麗に仕上がりますよ」
「じゃあ、ファンデーションとパウダー、アイシャドウを買ってもいいかしら」
「はい! 新しいものを用意致しますので、レジまでお進み頂いてもよろしいですか?」
「ええ。ブルーのアイシャドウなんて使うのに難しいと思ったのに、すごいわねえ」
「ブルーや青みピンクなどのアイシャドウは、お客様くらいの年齢の方がつけるととても映えますよ。ブラウンやベージュ系の色を使うとくすんでしまいますが、こういった鮮やかなシャドウはとても華やかになるんです」
「へえー、そうなの」
おばあちゃんはベースメイク一式とアイシャドウを買って、手を振り去っていった。
私のスキル『魅了』は効いたのだろうか。
神様が言うには私が勧めた化粧品も効くと言っていたから、あのファンデーションやパウダー、アイシャドウを使っている限りおばあちゃんには『魅了』が効くのだろう。
「あれ? そういえば……」
私は出勤前に自分でメイクして百貨店まで行っている。
帰ったあとも大体メイクはよれてしまっているけれど、寝るまですっぴんにならずに化粧をそのまましているときもある。
その間、たまにノア殿下と会っているのだ。
「『魅了』、効いてない……?」
ノア殿下から「可愛い」も「綺麗」も言われたことがない。
少なくとも私は婚約者なわけだし、相手から可愛いと思われたいとは少し思っている。
だから、『魅了』が効くはずなんだけど……もしかして、化粧がよれていて完璧じゃなかったら効かない、とか?
謎を抱えてモヤモヤが残ったまま、私は仕事に戻った。
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