第7話 殿下は私に興味がないのね
その日はお客さんの対応を他の部員に任せ、私は商品の検品や清掃をして一日が終わった。
「あ……メイク落ちてる」
美容部員は自社のブランドのメイクをして接客しなければならない。
もうすぐ秋になるとはいえ、店内は魔石が埋め込まれた天井から涼しい風が吹いているが、作業をしていれば暑くなってくる。
お手洗いで見た私のメイクは、少し崩れていた。
八時間労働で疲れてメイク直しをする気もなく、迎えに来たウィロウさんと馬車に乗りこむ。
てっきり部員の人の中でこういう送り迎えに嫌味を言う人がいるかと思ったけれど、特に何を言われることもない。
みんな、グレースのコスメを見て「可愛いー」とか「これ、〇〇さんに似合いそうですね!」なんて話すくらいで、悪口なんて何も言わない。
良い職場に就けて良かった。
「あれ? お姉ちゃん、メイク落ちてるよ?」
「あ……ミア」
帰宅すると、また私に嫌味を言いに離宮に来たのかミアが待ち構えていた。
「メイクを落とすから心配ないわ」
「えー! メイク落として婚約者のノア殿下と会うつもり? 信じらんなぁい。あたしだったらすっぴんでノア殿下と会うとかむりー」
……ノア殿下とは滅多に会わないんだけどね。
仕事で疲れているというのに、勝手に離宮に入っていちいち嫌味というナイフを刺してくるミアに、怒る気もなくなってしまう。
「あ……ノア殿下!」
ミアが目敏く私の後ろにいたらしいノア殿下を見つけ、小走りでノア殿下に駆け寄った。
ノア殿下は駆け寄ってくるミアを一瞥するだけで、腕時計で時刻を確認している。
「見て下さい、お姉ちゃんったらメイク落ちてるんですよ? その上、メイク直しもせずにすっぴんでノア殿下とお会いしようとしたんですって。どう思います?」
ミアが意地悪そうに私を見つめる。
確かに今の私はメイクがよれていて、あまり見られたくない顔をしている。
……だから、ノア殿下が来たときにわざと声をかけたのだろう。
ノア殿下と目が合う。
この顔を見られるのが恥ずかしくて、私は顔を背けた。
すると、殿下はミアが彼の手を触ろうとした瞬間、ぱしっと跳ねのけた。
「別にどうも思わない。……クロエ、夕食の時間だ。行こう」
「え……は、はい」
ノア殿下がすたすたと私の前を通り過ぎてしまう。
私もついて行き、一瞬だけミアの顔を覗くと……悔しそうに顔を歪めていた。
ノア殿下は口数が少ないのか、夕食では他愛ない話をするというよりは私の仕事について聞いてきて、「そうか」「わかった」などの相槌で会話が終わってしまう。
そんなことを繰り返して、料理デザート全て食べ終わってしまった。
食事をする前に自室に寄ってメイクを落とし、すっぴんになったけれど、ノア殿下はハッキリと私と目を合わせて会話してきた。
すっぴんの私の顔とか気にならないのだろうか。
高熱から目を覚ましたときに見ていたから、慣れている、とか?
――別にどうも思わない。
「……そっか」
単純に私に興味がないのだ。
すっぴんだろうとメイクが落ちていようとどうでもいいのだろう。
明日も出勤だ。
家庭教師からの課題も済ませているし、ゆっくりお風呂に浸かって眠ろう。
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