第5話 早速お客様にメイクを施していきますよ!
◇◇◇
二週間後、研修が終わった。
晴れて私は美容部員の一員と認められ、ようやくスタートを切り出せた。
「クロエさん、お客様の対応お願いします」
「わかりました」
研修期間でもメルアさんとシフトが被ることが多い。
耳打ちされたアドバイスで、お客さんが店頭で何か悩んでいる姿が見えた。
ロングの金髪で、大人っぽい服装をしている二十代前半くらいのお姉さんだ。
「お客様、何かお探しですか?」
「あ……えっと……」
お姉さんは目を泳がせて、髪をかき上げる。
その仕草も年齢よりいくらか大人っぽかった。
「私、好きな男性からメイクが濃すぎるって言われたんです。だから、濃いメイクがしたいのにできなくて……。今日、その男性とディナーなんです。今も、薄づきのアイシャドウがいいのかなって悩んでて……」
いるよねえ、そういう男性。
お姉さんのメイクは綺麗めのメイクだ。
濃いか薄いかと言われたら濃いのかもしれないけれど、それをわざわざ言葉にするなんて、相手を縛り傷つけているというのがわからないのだろうか。
「では、男性にはわからないような濃いメイクはいかがですか? 一見ナチュラルメイクに見えますが、実際には濃いメイクにしているという風に」
「え! それ、してほしいです!」
「では、ご案内致しますね」
お姉さんを椅子に座らせ、光がたっぷり注がれた鏡のほうにまっすぐ向かせる。
メイクを落としてもいいか許可をお姉さんからもらってから、私はメイク落としでメイクを拭きとり、ベースメイクから施すことにした。
「ベースメイクは厚塗りだと濃いと思われてしまいます。こちらの02番の下地が薄づきですがしっかり毛穴をカバーできるものとなっておりますので、塗っていきますね。
……ファンデーションは、透明感があってシアーな仕上がりになるこちらを使っていきます。ファンデーションや下地は薄づきですが、コンシーラーで染みやクマはしっかり隠しましょう」
「わ! この下地すごく良いですね。一気に肌が綺麗になる」
「ありがとうございます! こちらの下地は肌の色をワントーンアップしてくれますので、肌が明るく見えますよ」
ベースメイクを施したら、眉メイクを施し、肝心のアイメイクに入る。
私が見てきた男性はみんなそうだったけれど、男の人は目元を見て濃いと思いがちだ。
あとはハイライトでキラキラしていたりするのも、鼻筋や肌が目立つから濃いと思われてしまう。
「アイメイクはこちらのシマーなアイシャドウを使っていきましょう。ラメは少ないですが、涙袋にコンシーラーを使うことでぷっくり見えますよ」
「涙袋にコンシーラーを使うのって、結構大変じゃないですか? 量が多すぎてもベタベタになっちゃうし……」
「当店ではこちらの涙袋専用コンシーラーを販売しております。ペンシルタイプのもので、とても引きやすくなっていますよ! いかがでしょう?」
「え! すごい! 私、これ買うわ!」
「ありがとうございます!」
よし、少しだけ売り上げに貢献できたわ!
「アイラインもブラウンのもので目尻だけに引きますね。それから、少し濃いブラウンのアイシャドウを細い筆にとって黒目の下に引きます。これで、縦幅が広がるので少しだけ黒目が大きく見えますよ」
「……本当だ。少し大きくなった」
「目尻三分の一にも濃いブラウンを重ねますね。ビューラーで睫毛を上げて、マスカラもダマがつきにくいものですが、ブラックでしっかり束感を出します。
最後にラメの細かいグリッターで、黒目の下にラメを仕込みます。
ハイライトはラメが多いものだと濃いと思われてしまいそうですので、マットなものにしましょう。唇は粘膜色のマットリップを乗せてから、少し赤みを帯びたグロスを重ねます。
……いかがでしょう? 工程は濃いメイクですが、薄く感じませんか?」
「す、すごい……。これなら、ナチュラルメイクに見えます!」
お姉さんは今使ってくれたコスメを全て購入すると言ってくれた。
レジでお会計をしても、このブランドは比較的安いから金貨二枚と銀貨五枚程度。お姉さんも会計を見てびっくりしていた。
レジの操作にも慣れ、そのまま彼女を見送る。
お姉さんは「デート、気合入れて行きます!」とはにかみながら言ってくれて、タッチアップをした甲斐があったと息を吐いた。
「いいわね、その調子でどんどんコスメを売り上げて」
「はい! ありがとうございます!」
店長に背中を押される。
今月の新作の売り上げも良い感じだし、この調子でどんどんグレースのコスメを売っていこう。
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