第4話 お披露目パーティーなんて聞いてない!


「お疲れさまでした」

「お疲れさまー!」


 午後六時、退勤。


 残業を行う際は必ず残業代が出るそうだけど、滅多にないと店長から言われた。ホ、ホワイトだ……!


 この国は車がないため迎えに来た侍女のウィロウさんと共に馬車で帰宅する。

 部屋に入って一息吐いたところで、ウィロウさんから声がかかった。


「クロエ様、今よろしいですか?」

「どうしましたか?」

「クロエ様、侍女には敬語じゃなくてよろしいのですよ」

「え、ええ。どうしたの?」


 慣れないなあ、こうして誰かが仕えているというシステムが。

 私が緊張しながらもタメ口で聞くと、ウィロウさんはにこりと笑った。


「一か月後にノア殿下とのお披露目パーティーがございます。衣装が届きましたので、ご確認いただけますか?」


 お、お披露目パーティー!? そんなの聞いてない!

 ノア殿下だって言ってくれなかった! というか、全然会ってないから話してもいないんだけど……。


「ええ。衣装を確認したいわ」

「ありがとうございます。失礼致します」


 ウィロウさんが入ってきて、大きな箱に入った衣装を私に着せてくる。


 全身鏡を見ると……華やかで上品なドレスが目に入った。

 カメリア色の生地に、ノア殿下の髪色を思わせる金色の鮮やかな刺繍。


 胸にはエメラルド色のブローチが飾られ、品のあるレースとボタンがついている。

 パニエを履くとふわりと衣装が膨らみ、ウエストもしっかり締まる形でとても綺麗なシルエットになっていた。


「サイズもぴったりでございますね。一か月後を楽しみにして参りますね」


 ウィロウさんがそう言い、ドレスのファスナーを開けて脱がせていく。

 着脱くらい自分でもできるのに……と思うけれど、これがウィロウさんの仕事でもあるのだろう。


 仕事を奪ってしまっては、申し訳ない。

 ウィロウさんがドレスを回収していくと、どっと疲れがやってきてしまった。


「はぁ、立ちっぱなしって疲れるなぁ……」


 休憩は一時間あるけれど、数時間立ちっぱなしなのだ。

 デスクワークだったOLの頃とは違って、足の筋肉が疲労している。


 夕食の時間になってウィロウさんに呼び出され、廊下を歩いたときには足はパンパンだった。


「どうだった? 初仕事は」

「……! ノア殿下」


 一階のダイニングルームに着くと、長細いテーブルの端にノア殿下が座っていた。

 料理人に促され、私はノア殿下の左隣に座る。

 殿下と食事なんて、転生して以来初めてなんじゃないだろうか。


「職場の皆さんも優しいですし、初仕事でしたがお客様に化粧品を購入させることができました」

「そうか。良かったな」

「……」

「……」


 沈黙。

 ノア殿下は黙々とジェノベーゼを頬張っている。

 やっぱり、形だけの婚約者なんだろう。


 若干寂しいけれど、ノア殿下は婚約者を選ぶのが面倒でくじ引きで決めたのだと聞いた。

 適当に決めたのだから、私のことを良く思っていなくても仕方がない。


「意地悪な客などはいなかったか?」

「? いませんでしたけど……」

「そうか」


 一言頷いて、またノア殿下はフォークでパスタをくるくる巻き始めてしまった。

 それくらいの会話しかしないまま夕食を終え、デザートのお皿が下げられて私たちも立ち上がる。


「それじゃあ、私はこれで……」

「クロエ、おやすみ」

「え、ええ。おやすみなさい」


 ノア殿下は少しも笑わずに挨拶をぽつりと言い残して、去って行ってしまった。


「……やっぱり私、嫌われてるわよね?」


 部屋に戻って家庭教師から貰った参考書の課題をこなす。

 課題といっても、仕事で忙しいだろうからと少ししか出されなかった。

 この王国の歴史、魔法などが書かれた参考書を読み進めていく。


 この国では魔法は王族、治癒師、宮廷魔術師のみしか使えないらしい。

 治癒師、宮廷魔術師は生まれつき魔力がある者だけなれる希少な職業だ。


 クロエは何の魔力もない。

 その代わり転生した私には、スキル『魅了』というものが神様から授けられたらしいけど。


 今のところスキル『魅了』が発揮された場面はない。

 というかどんなスキルなのかもわからないし。


「……明日も仕事よね。もう寝よう」


 王宮から百貨店までは遠くないが、まず王宮から出るまでが遠いのだ。

 疲労を明日に持ち込まないように、早く寝ることを決意する。


 参考書を閉じて、天蓋のカーテンを開けベッドに潜る。

 カーテンの隙間から差しこむ月の光を浴びながら、私は瞼を閉じた。


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