第3話 準備の瞬間

「じっとしてて」

「は、はい……」


目の前でパンツ1枚姿の健太郎が、サランラップでグルグル巻きにされている。


生徒会室で和希たちと初めて出会ってから、3日後。

僕らは体育倉庫のすぐ隣に位置する用務員さんたちが使う備品倉庫の中にいた。公園の公衆トイレほどの大きさと、校舎の隅という立地から誰も近寄らない印象の場所だった。

しかしその室内は、イメージと違って綺麗だった。そもそも物が少ないのか、明らかに後から取り付けたであろう照明機材が部屋の主人かのように鎮座していた。

そして何より目を引くのは、部屋一面を覆う大きな黄緑色のカーテンだった。

いや、カーテンとも違うか。

黄緑色の大きな布はシワがなくピンと張られて、部屋全体を濃淡のない無機質な印象を与えていた。

その窮屈な部屋の中で、大の字に立った健太郎と真剣な表情でラップを巻く女子生徒。


「なんか、シュールっすね」

「うるさい」

「はい、すんません」


離れて見ていると、明らかにふざけているようにしか見えないこの状況の中でもあくまで真剣な彼女は、先ほど自己紹介で堀内希美と名乗っていた。長い髪は少しだけ染めていて、蛍光灯の光を透過して茶色に見えた。

少し眠そうな垂れ目でありながら、動きには無駄がなく器用に作業を進めていく。

高い身長と、長い手足は、ランウェイの方が似合いそうだが、残念ながら興味は目の前の健太郎の肉体のようだ。キチンとサイズ感の合った制服も、スカートの下にジャージの長ズボンを履かれたのでは歯がゆいであろう。


「ねえ」


油断していたところを声をかけられる。

「は、はい」

「そこの、ガバ取って」

「が、がば?」

「ガムテープ」

「あ、これっすか?」

「ありがと」

「あの」

「ん?」

「ちなみに、これ、今何の作業中なんですか?」


サランラップの上からさらにガムテープをぐるぐる巻きつけていく。

「何って、型取りだけど」

「かたどり…」

「? え、このボクサー君が次アクターやるんでしょ」

「ボクサー君?」

「ボクサーパンツだから」

「ああ…えと、ごめんなさい、僕ら岡部さんから、放課後ここに来いとしか言われてなくて」

「嘘! 一切説明無し?」

「はい」

「いや、その割には、ボクサー君冷静すぎでしょ」

「そのあだ名、嫌なんですけど」

「あ、ようやく反応した」

「なんか、岡部さんからは行けばわかるみたいなことしか」

「マジかー、岡部サーン、やっぱ、烏丸さんいないとダメかー」


「失礼しまーす」


見計らったかのようなタイミングで、部屋のドアが開いた。入ってきたのは、僕よりもさらに身長の低い男子生徒だった。眼鏡をかけ、いかにも気の弱そうな印象を受ける。


「あ、烏丸さん、噂をすれば」

「堀内さん、岡部、来てる?」

「来てないっすよ。この子らだけ」

「その子たちは?」

「なんか、次のアクター候補らしいんすけど、岡部さんから何も聞かされてないらしくて」

「アクター? ああ、あー、やっぱ龍だめだったのか」

「えっと」

「ああ、ごめんごめん。俺、烏丸竜也。一応岡部の助監やってる」

「小野健太郎です」

「土田迅です」

「あ、私名前聞いてなかったわ」

「おいおい」

「説明されてるもんだと思って、来ていきなり『服脱げ』って言っちゃった」

「よくそれで脱いだな、小野君」

「いえ、まあ」

「あの、じょかんって?」

「え、助監督」

「じょかんとく?」

「……え…そこから?」

「君ら、岡部からどこまで聞いてんの?」

「えっと、生徒会入ろうか迷ってるって言ったら」

「とりあえず仮入部的な感じで入ってみたらって言われて」

「…マジか」

「詐欺じゃん」

「え、生徒会の仕事じゃないんですか?」

「いや、全身ガムテームでグルグル巻きにされるってどんな仕事だよ!」

「てか、言えよ早く!」

「すんません!」

「すみません」

「はああー、まあ、じゃあとりあえずイチから説明するわ」

「はい」

「岡部はさ、生徒会の権限私物化してんだよね」

「私物化?」

「そう。あいつは学校紹介用VTRって名目で別の映像作ろうとしてんの」

「で、うちらはその映像制作メンバーってわけ」

「多分、君らもそれに付き合わされてる感じかな」

生徒会室のパソコンを思い出す。確かに学校とは全く関係ない映像だったけど。

「映像ってなんの?」

「特撮」

「へ?」

「特撮」

「いや、聞こえてましたけど」

「あいつは、この学校の設備使って特撮映画を作ろうとしてんの」

夕暮れの備品倉庫の中で、僕らは早くも岡部さんに関わった事を後悔していた。



「どうぞ」


生徒会室の中心。来客用の大きな机にポンと湯呑みが置かれる。淹れたてでまだ湯気のたつ緑茶を受け取り、「ありがとね」とお礼を発するのは、大畑だった。

自分のマグカップを持った岡部が机の反対側に腰掛ける


「まだちょっと、熱いかもしれないです」

「うん、このくらいがオババにはちょうどいいの」

「ははは、それはよかった」

「あの子たち、来た?」

「はい。まさか、大畑さんのクラスの子たちとは知りませんでしたけど」

「部活強制なんて時代錯誤もいいとこよね」

「そうですね。まあ、多分決めた方も悪気はないんでしょうけど」

「大人な意見ね」

「大人のフリが上手いだけですよ」

「それも含めてよ。大人のフリをしている子供が嫌いな大人の前では、子供のフリしてるじゃない」

「なんか、ややこしいですね」

「そんな達観の和くんが、学校騙してまで我を通すってのが私は嬉しくてね」

「ホント、いつもお世話になっております」

「私たちが出来ることって結局『場所』を提供することしかできないからね」

「はい」

「でも、だからこそ、『場所』はちゃんと提供してあげたいの」

「はい」

「『場所』や『人』ってのは大事だけど、それを無意味に期待してたら痛い目見るからね」

「重いなー。言葉が」

「重かないわよ。ね、だから、がんばんなさい」

「はい」

「それで、完成はしそうなの?」

「とりあえずは」

「そう。よかった」

「彼らは…」

「うん?」

「彼らに、生徒会を薦めたのは僕のことがあったからですか?」

「うーん…あなたに、合うと思って」

「あの二人がですか?」

「そ。御馳走様でした。またね」

「…はい。あ、湯呑みそのままで大丈夫です」

「あらそう、あんまり徹夜しないようにね」

「はい。ありがとうございました」


一人になった岡部は、再びパソコンに向かった。画面に映し出されるAfterEffects

の合成画面。


「別に生き急いでるわけじゃないんだけどな」


そう呟き、ブラックコーヒーを啜った。

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