第5話 悪の極致
職員の仕事に戻れば同僚たちのねぎらいがあった。いかに神剣が着いているといっても、高難易度の討伐クエストに素人のギルド職員が同行するのは自殺行為だからだ。彼らは難易度を決めるギルド側の人間だ。その危険性はよく分かっている。
「レジー君、大丈夫だったかいい?」
「あ、おはようございます。支部長」
「怪我があるようだから休み、いるかい?」
「いえ、いたって健康体で傷一つないので大丈夫です」
「それならいいんだけど、なにか違和感があったらすぐ言うんだよ」
「ありがとうございます」
支部長は心配性だった。
レジーはしばらく平和な日常を謳歌できていた。リオネットが本部から呼び出されたのだ。どうやら緊急の高難易度クエストが出たらしく、神剣の力が必要ということだ。
レジーはあのヘベリケルドラゴンの討伐クエスト以降、冒険者からは金魚の糞のような扱いを受けていた。元々素行の悪い冒険者からは下に見られていたが、より一層当たりが強くなった。もちろんそんな冒険者などごく一部だ。ほとんどの冒険者は、ただのギルド職員と冒険者という関係でクエストの受注の時のやりとりしかしていない。だからこそ気に障るということもある。ごく一部の冒険者は、クエストから帰って来ない者が続出し、さらにごく一部になった。
レジーの情報収集は自力で行うことが多いが、時には他人を頼ることもある。悪いことをしている悪人は大抵誰かに恨まれている。裏の世界で懸賞金がかかっていたりする。たまにそういうヤツをターゲットにして、臨時収入を得ているが、レジーの信条に従ってターゲットを選んでいるから、必ずしも賞金首がお眼鏡にかなうわけではない。遠い土地にいる場合も多いから、むしろ賞金首を狙う頻度は少ない。この街にいるというのも条件の一つだ。ギルド職員としての仕事があるから遠出はできない。賞金首リストを新しく購入して、家でゴロゴロしながら良い感じのゴミクズがいないか眺めていた。
「マフィアか……」
目に入ったのは、ゴズミクファミリーというマフィアのボスだ。レジーは紙の束を引っ張り出してきた。そこには、二日後にこの街でゴズミクファミリーの大きな集会があるということが書かれていた。マフィア関連の情報は知り合いから買っている。つい昨日、資料の紙束を渡されたから、軽くしか読めていない。
「やるか」
ゴズミクファミリーは生粋のゴミクズだ。堅気に手を出さない、なんてことはない。むしろ善良な市民に手を出して稼いでいるらしい。危険な薬と奴隷の売買が中心らしい。薬は通常の中毒性のある頭がバカになって幸せな気分になるものから、死ぬよりひどい目にあうようなものまである。奴隷はその辺の村や街から仕入れていて、薬漬けや改造をしたものが目玉商品のようだ。非人道的すぎて、奴隷商人でもさすがにこんなことはしない。他ではないから競合がいなくて売れているのか。
「うえ」
レジーもあまりのことに気持ち悪くなってしまった。資料には写真もあった。それを一瞬だが見てしまった。人間をおもちゃとしか考えていないのか。おもちゃでももう少し大切にする。
「さすがに、これは」
暗殺や拷問もするし、自分が人道から外れていることは理解している。そんな自分でもこれは想像もしたことがない。今まで掃除してきた悪人も、こんな酷いことをしているやつはいなかった。
「皆殺しだ」
決めた。絶対に根絶してやる。こんなヤツらがこの世にいていいわけない。他の街いたら手出しができなかったが、あっちから来てくれるなら好都合。完全に抹消してやる。火あぶりにしてやろうか。ヤツらが扱う薬を片っ端から試してやろうか。とにかく、生まれたことを後悔させてやる。二日後が楽しみだ。レジーは暗い笑みを浮かべた。
気持ちを抑えよう。力づくで抑え込むのではなく、そっと蓋をして来るべき時のために煮詰めておくのだ。この激情こそが燃料だ。燃料であり、身を亡ぼす病でもある。この激情があるからこそ、レジーは人の道を外れてまで掃除をしている。我慢ができないのだ。散らかった部屋にイライラするように、この世にゴミクズがはびこっていることが許せない。当人にとっては生きにくい世界だった。それでも、こまめに発散することで上手いことやっている。
さぁ、掃除の時間だ。あっと言う間に二日は経った。幸いにも今日は仕事は休みだ。思いっきりやろう。心の決めたままに
「どれにしようかな」
クローゼットにかけてあった服をどけると、出てきたのは武器の山だった。レジーはこれら全てを達人レベルで使える。ちなみにリオネットは神レベルだ。
「あんな大物は初めてだからな。得物も大物でいくか」
選ばれたのは、レジーの身の丈ほどもある大斧だ。クローゼットにギリギリ入ってるから取り出すのに一苦労だ。色々つっかえて中々だせない。
やっとのことで、その全貌が露わになった。斧の部分は両刃になっていて、どちらからでも叩き切ることができる。柄の部分は長く、全体の七割くらいだ。これくらい長くないと重くてまともに扱えないのだ。レリーフや飾りは無く、実用性重視の無骨なものになっている。
「これも持って行くか」
大斧では魔法が放ちにくいため、短剣も持って行くことにした。これは小さく、取り扱うには簡単だ。それに、魔法を打ち出すための専用のもので、魔力が巡る効率を良くするために特別な石が鍔の部分に取り付けてある。これは腰に差しておく。正体がわからないように、いつもの格好に着替えた。
さて、準備は整った。出発だ。
今夜は良い夜だ。晴れていて、星や月がよく見えてとても綺麗だ。気合いを入れていこう。今夜のターゲットは、ゴズミクファミリーのボスだ。護衛も手練れを用意していて、本人も用心深い。集会にはファミリーの幹部全員が参加していて、警戒も最高レベルだ。
「つよそーだなー」
遠目から見える、集会が行われる大きな屋敷には強そうな構成員の警備が、物騒な武器を持って警戒にあたっていた。ファミリーの戦闘部隊だ。
「ま、関係ないけど」
百戦錬磨の剣士も、千の魔法を修めた魔法使いも同じだ。レジーにとっては、羽虫に等しい。
「もう少しで始まるかな」
まだ人が集まりきっていないらしく、外に大勢出ていた。
ゴズミクファミリーは一年に一度、幹部全てを集めた集会を開くが、その会場となる場所は決まっていない。幹部それぞれが順番に用意するらしい。運がないことに、今年選んでしまったのがレジーの住むこの街だったというわけだ。
馬車がやってきた。参加者が来たようだ。降りてきたのは、今回のターゲットのゴズミクファミリーのボスだ。写真で見るよりも凶悪な顔をしている。あれでは子供が泣いてしまう。一刻も早くこの世から消し去らねば。
ボスが来たことで、警備を残して多くの人間が屋敷に入っていった。
「ぼちぼちやるか。まずは露払い」
ギラリと眼光が鋭くなり、歯をむき出すように笑った。
大斧を背負っていても変わらぬ身のこなしで、屋敷に接近した。流れるように移動し、誰にも見られることはない。まずは一人、敷地の外にいるのを首をねじってその命を終わらせた。死体は高い塀の向こうに放り投げて、茂みに隠した。あとは同じことの繰り返し。
「よし、ラスト」
これで外にいるのは片付いた。速やかに掃除する必要があったから大斧は使えなかった、これからはこいつの出番だ。
塀の向こう側に侵入して、木の影に隠れる。気配を感知して、庭にいる人間の数と配置を確認する。
「思ったより少ない。油断して主力は中にいるな」
この屋敷は、この前の政治家の屋敷よりもすっとでかい。中も広くて、狭くて大斧が邪魔になることもない。存分に振り回せる。
まずは庭の掃除だ。人間を点として、点と点を結んで線にする。その線に沿って駆け出す。レジーの音のない走法には誰も気づけない。大斧を構えて、点が間合いに入った瞬間に振り下ろす。点は真っ二つに割れて、二つになった。またそれを繰り返す。異常に気づける者などいない。実力差がありすぎる。
全身真っ赤だ。血のシャワーを浴びたようになってしまった。
「うん、支障ない」
特に問題はない。ちょっと不快なだけだ。
さて、メインだ。一番隅の窓から入った。今回は大振りの得物だから、器用なことはできない。だから、窓ガラスに短剣を突き付けて熱の魔法で溶かした。こうすると本当に音も無く侵入できる。この方法は痕跡が派手だからレジーは使いたがらない。それに、かかったら火傷してしまう。
「ここからどうするか。とりあえず囲んどくか」
短剣を小さく掲げて、魔法を行使する。結界魔法だ。ちょうどこの建物と同じ形、つまり逃げることをできなくした。
掃除の仕方自体にこだわりはなかったため、さっきと同様に出会い頭に真っ二つにすることにした。
外の警備と違って、中にいた構成員は強かった。レジーの動きに反応することができたのだ。その上で、レジーのほうが圧倒的に速いから抵抗らしい抵抗はできずに真っ二つになっていったが。
気配を感じ取るという技能は、できる者が少ない。レジーは自分自身とリオネットしか知らない。それほどに特殊な技能なのだ。そもそも、人間ができる芸当かどうかも疑わしい。マフィアの誰かが気配を感じ取れれば、異変にとっくに気づくことができただろう。しかしそんな人間はいない。今までほとんど無音で片付けてきたからまだ誰も気づかない。集会が行われていると思われる部屋では、話しがはずんでいるのかにぎやかだ。
あらかた片付いてきたが、レジーはめんどくさくなってしまった。
「もうまとめて焼き尽くそうかな」
結界で閉じ込めた状態で、中だけを高熱にしてしまえば一気に方がつく。もうそうしてしまおうと思ったが、ふと思い出されたのはゴズミクファミリーの悪の所業。ふつふつと怒りが再燃してきた。やっぱり最大限の苦しみを与えて殺そう。それがせめてもの、被害者たちの手向けになるはずだ。
「薬ってどこにあるかな」
次に会ったヤツを痛めつけて聞くことにした。
魔法使いがいた。一足で肉薄して、大斧を下から上に振り上げて右腕を斬り飛ばした。叫びそうだったので、顔面をとっさに殴った。左腕でなにかしてくる可能性があると考え、骨を折った。
「一番ヤバい薬って持ってる?」
「てめーどこのもんだ!」
状況を理解できていないようだ。足の骨も負った。痛みでまた叫びそうになると、今度は腹にパンチをした。血を吐いたが構いやしない。
「もう一度聞く。いや、命令する。一番ヤバい薬をよこせ」
「ぼげっどにヴぁる」
心が折れたようだ。ヤバいやつだとわかったようだ。
ポケットを探ると注射器と瓶に入った薬が出てきた。レジーは注射はされたことはあってもしたことはない。
「適当にやればいいか」
正しく使用する必要はない。苦しめられればそれでいい。
息の根は止めなかった。どうせ逃げられないし、どうすることもできないから。そのかわり、薬を試してみることにした。暴れたからもう一度腹にパンチをして、今度は気絶させた。
「チクッとしますよー」
適当に、残った左腕に薬を注射した。すると、劇的変化が訪れた。肉が泡のように盛り上がり、体が元の三倍くらいになって醜い化け物になった。うめいていたがすぐに死んだ。量が多かったのかもしれない。気持ちが悪かった。人間の尊厳を踏みにじっている。人間としても死ねないなんて。レジーは歯を食いしばった。
「こんなの、よく作れるな」
とにかく、これをボスに処方することにした。幹部たちにもプレゼントしてやりたいからたくさん必要だ。残ったのを全員声を出せないくらいの半殺しにして、薬を奪った。ご丁寧に全員持ってたが、最後の一人が保管場所を知ってたおかげで大量に手に入った。
薬の保管庫を探している時に、大量の女の死体も見つけてしまった。さんざん弄ばれて、嬲られたのがわかる非道いありさまだった。生存者はいなかった。どんなに調べても、もうこの屋敷で半殺しを除いて生きているのは集会を行っている部屋にしかいなかった。展示室も見つけた。中にいたのは改造された元人間たち。人間の剥製も多くあった
「ボスのところに行こうか」
集会を行っている部屋は大広間だった。そこで組織のこれからの方針を話し合って、それも終わって食事をしながら歓談を楽しんでいた。
「最近のはすぐ潰れてしまうよ」
「耐えられないものばかりですな」
「しかしこの前のあの加工は上手くいった」
「薬で壊してしまうのが楽しいのだよ」
「今度は融合させてしまおう」
(……)
ドアの前でレジーは佇む。カーペットの一部を見つめて動かない。向こうから聞こえてくる会話を聞いている。なんの感情も感じられない顔だ。人間に絶望してしまったのか、あるいは怒りが振り切ってしまったのか、表情からは窺がえない。
ドアをゆっくり開いた。大斧を片手に持つ血だらけのレジーに、まだ誰も気づかない。そのまま、気づかれぬまま、ボスと幹部たちに薬を打ち込んだ。今度は即死しないように少量ずつだ。打ったところの肉が泡立った。野太い悲鳴が上がる。そこで初めてレジーの存在に気がついた。護衛の男が大剣で襲い掛かってきた。それを大斧ではじき返す。
「どこのもんだ。誰に言われてきた」
「またその質問か。全員最初にそれを言ってきた」
薬の在り処を吐かせるために尋問してきたヤツらは、一人も漏れなく口にした言葉。それが最初に覚えた言葉なのかと思うほどだ。しかも開口一番に言うものだから、皆兄弟なのかと疑った。
「あえて、言うなら。お前たちが食い物にしてきた人たちの恨みを晴らしに来た」
「はぁ? イカレてんのか」
「理解できないのか。ゴミクズが」
レジーの言葉が、護衛の男の怒りに触れた。魔法を発動し、全身が雷の鎧に包まれた。
「殺す!」
「安い挑発ですらないぞ」
雷を纏った大剣が大斧がぶつかり合う。上下、真横にと勢いよく振るわれる。
(なぜだ! この雷剣に武器越しにでも触れれば痺れて硬直するはず)
レジーは平然とただの大斧で、迫りくる雷の大剣をさばいていた。なにも特別なことをしている様子はない。大斧はなにもまとっていないし、レジー自身にも変化はない。
薬を打ち込まれたマフィアが、レジーを殺せと罵声を浴びせている。
「こんなよわっちい魔法が効くわけないだろ」
今まで手加減していたのだ。今度は手を抜かず、大斧を振るった。大剣は砕け、護衛の男は壁に打ち付けられた。壁はひび割れて、その衝撃の強さを物語っていた。
「もう戦えるヤツはいないのか?」
マフィアたちは質問に答えず、レジーのこれからの処遇についてばかり言っている。やれ、家族もろとも殺してやるだとか、死ぬより恐ろしい目に合わせてやるだとかだ。
(殺すのか生かすのかどっちなんだ)
未だに自分たちが上の立場にいると思っているのか、いつまでも減らず口をたたいている。レジーは残りの薬を瞬きの間に、全員に打った。さらに醜い姿になるマフィアたち。手足は肉に埋もれて使えなさそうだ。今度は上手くいったようで、死ぬ様子はない。ただ死ぬほど苦しそうなだけだ。
「首をもらおうと思ったけど、やめだ。やっぱりいらねーや」
レジーは結界の中の温度を上昇させた。少しづつ熱くなり、やがては灰も残らない温度に達するように。
「少しずつ、少しずつ温度は上がっていく。お前たちが生きているうちに下がることはない」
さらに、おまけとばかりに火の玉を生み出した。その数はボスと幹部を合わせた数と一緒だった。
「火刑っていうのは、最も残酷な処刑の一つらしい。足火をくべて少しずつあぶっていく。炭化するから出血はしない。だから出血で死ぬことはない。炭化したところは崩れて、いつまでも新鮮な激痛がする。体がどんどん失われていく恐怖と助からない絶望。お前たちにも味わってもらおう」
火の玉が肉塊にくっついた。肉塊は熱さによる激痛に、さらに悲鳴を大きくした。火の玉は頭から一番遠い場所につき、炭化させながら肉を削っていく。いつ限界を迎えるのか、レジーは興味がなかった。死体も半死半生の人間も無視して、結界を出た。レジー以外に出入りはできないから、この屋敷を出た最後の人間となった。屋敷はそのうち灰も残らず燃える。
レジーは珍しく感傷に浸っていた。今までこんなことはなかった。掃除をすれば、いつもスカッとしていい気分になれた。酒も美味かった。今は、酒なんて飲む気分になれない。
門のほうから人が歩いて来た。
「洩らしがあったか」
もうそんな気分じゃないのに、と思ったが違った。マフィアじゃない。最近見慣れてきた姿だった。
「配達に来たんですけど、どういうことですか?」
封筒を手に持った神剣のリオネットだった。まさかこんなところで会うなんて、思ってもみなかったレジーは驚愕した。幸いマスクのおかげで顔はバレていない。大量に浴びた返り血をごまかすことはできない。
「これ、やったのあなたですよね。手合わせ願います」
封筒を懐にしまい、リオネットは刀を抜いて臨戦態勢に入った。
普段ならさっさと逃げていたところだが、今のレジーは違った。
「ちょうどイラついてたんだ。八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
すごく、むしゃくしゃしていた。
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